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◆はじめに
今回は、肩関節周囲炎と栄養療法の必要性について書いていこうと思います。
なお、本記事では理学療法ガイドラインを中心に話をすすめていますが、ガイドラインでは「凍結肩(Frozen shoulder)、「癒着性関節包炎(adhesive capsulitis)」と記されています。
便宜上、引用などの特別な場合をのぞいて、肩関節周囲炎で統一しています。
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◆肩関節周囲炎のリスクファクター
理学療法ガイドラインより引用します(以降、四角囲みは日本理学療法ガイドライン)。
・癒着性関節包炎患者の約35%には脳卒中、糖尿病、甲状腺疾患、心疾患、呼吸循環疾患、乳房切除などの既往が最低1つあった。
・併発症(糖尿病や心疾患、喫煙歴など)の数が多いと疼痛が強く、身体機能が低下するため治療が長期化する。また、併発症の数は治療効果が得られにくい患者を抽出するのに有用な評価である。
なかなかおもしろいですね。肩関節周囲炎は整形疾患として扱わられると思いますが、栄養障害・代謝障害も関連していそうです。
1.肩関節周囲炎と甲状腺疾患
甲状腺低下症に関しては、鉄欠乏が関係していることも紹介しました(→『鉄不足で甲状腺機能低下症がおこる』)。
肩関節周囲炎は、女性のほうが罹りやすいということもいわれています。また、女性であるというのは、肩痛および肩関節機能障害の長期化に関連しているとの報告もあります(1)。
「女性・甲状腺疾患は肩関節周囲炎の危険因子」というのは、アメリカの理学療法士協会のガイドラインにも明記されています(2)。
肩関節周囲炎がある女性の甲状腺疾患の相対リスクは7.3(95% CI:4.8-11.1)とのことです(3)。
女性の鉄欠乏率が高いことは、『世界最多の栄養障害は鉄欠乏』で紹介しました。
鉄が直接的に肩関節に影響を与えているかどうかはわかりませんが、なにかしら栄養状態(代謝状態)が関係しているのはありえそうですね。
2.肩関節周囲炎と糖尿病
①発症率・相対リスク
アメリカ整形外科学会によれば、
Diabetes. Frozen shoulder occurs much more often in people with diabetes, affecting 10% to 20% of these individuals. The reason for this is not known.
ということで、糖尿病患者の10-20%に肩関節周囲炎がみられるとのことです(5)。
メタ・アナリシスによれば、糖尿病患者の肩関節周囲炎の罹患率は13.4%であり、逆に肩関節周囲炎を有する集団における糖尿病の平均有病率は30%ということが示されています(6)。
また、糖尿病がある患者さんは、ない人と比べると、約5倍(95% CI 3.2–7.7、 p<0.001)も肩関節周囲炎を有していることが報告されています。
資料(6)より引用
つまり、肩関節周囲炎は糖尿病とも関連があるということですね。これは日本だけでなく、アメリカ理学療法士協会のガイドラインにも明記されています。
・癒着性関節包炎は糖尿病に罹患した患者に好発する。
・糖尿病患者は肩関節周囲炎の発生率が高いが、特にインスリン依存型糖尿病患者において癒着性関節包炎の発生率が高くなる。
・126人の凍結肩患者と年齢が一致した足の整形疾患患者とを比較すると、凍結肩患者には糖尿病が有意に多かった。
・Ⅱ型糖尿病患者における癒着性関節包炎は29%であり、肩関節の外旋角度は年齢、罹患機関、神経障害と他の手の問題と相関している。
・ヘベルデン結節があるインシュリン依存型の糖尿病患者は凍結肩の割合が高かった。
②機序を考察
ここで少し機序について考察してみます。
メタ・アナリシスによれば、糖尿病のⅠ型(5.8%)とⅡ型(12.4%)において、肩関節周囲炎の発症リスクに有意差はありませんでした。
資料(6)より引用
肩関節周囲炎の発症には、血糖コントロール不良が関係しているのかもしれません。
しかし、血糖コントロールをおこなっても、肩関節周囲炎の有病率に影響はないという報告もあります(7)。
そこでほかの因子も考えてみました。
そもそも糖尿病にかかった患者さんは、糖質過多の食事をしていたことが予測されます(とくにⅡ型)。
糖質過多の人は、相対的に低タンパクになることが多いと思います。低タンパクがなぜ問題になるかといえば、関節包の解剖生理学を復習するとわかります。
そもそも関節包というのは、外の線維膜と内の滑膜の2層からなっています。
線維膜は、不規則緻密結合組織からなっていますが、その大部分は膠原繊維です。膠原繊維というのは、コラーゲン線維のことです。コラーゲンというのはタンパク質です。
つまり、タンパク質が不足した食事をしていると、この関節包をつくりかえるときに、材料が不足しているので、劣化した関節包がつくられることが予測されます。
また、コラーゲンをつくるためには、ビタミンCが必要なことがわかっています。これは『骨折・美肌にビタミンCが必要~コラーゲンを中心に~』でも紹介しました。
ビタミンCは年齢を重ねると不足することが指摘されていますし、肩関節周囲炎には、ビタミンC不足も関係しているかもしれません。
そのほかにも、終末糖化産物(AGE)などにより、タンパク質において不良な架橋が作られていることも、原因ではないかと指摘されています(6)。
肩関節周囲炎の原因は、血糖というよりは、タンパク不足(ビタミンC不足)や終末糖化産物などが問題なのかもしれません。これは仮説なので、はっきりさせるには、もう少し新しい知見をまつ必要がありそうです。
◆肩関節周囲炎では関節包が厚くなる
栄養(代謝)障害により、関節包の代謝が停滞し、関節包が緊張(硬化)することも考えられます。それは、つまり脆弱化(弱くもろくなる)することにもつながりますね。
これは、動脈硬化に似ているような感じだと思います。血管もコラーゲン線維からなっています。
動脈硬化は、血管が硬くなりますが(硬化)、ゆえに脆弱化します。弾性をうしなったゴムが、プツンと切れるのような感じです。
動脈硬化になると、血管は厚くなります(理由はよくわかりませんが、脆弱性を代償しているのかもしれませんし、血管壁の修復の結果によるものかもしれません)。
動脈硬化の血管が厚くなるように、肩関節周囲炎がある患者の関節包も厚くなっています。
・癒着性関節包炎患者の関節包・滑膜の平均の厚さは、対照群よりも有意に厚かった。
・癒着性関節包炎の臨床段階の重症度と、MRIによる関節包および関節滑膜の厚さと信号強度、腱板疎部の瘢痕の有無や程度は相関した。
・MRI上で下部の関節包と滑膜の厚さが4㎜以上であれば癒着性関節包炎の診断精度が高い(感度70%、特異度95%)。
・関節鏡所見としては、関節包組織が厚く、関節腔は狭小化しており、関節内の滑膜炎は認められたが、癒着は認められていない。
場所は違えど、構造にはおなじような変化があるのかもしれませんね。
◆関節包の緊張がおよぼす影響
関節包の「硬化・脆弱化」を「緊張」と言い換えます。関節包の緊張は、肩関節周辺に大きく影響を与えます。
関節包の緊張は、肩甲骨の過度の動きによって代償される肩甲上腕関節のいくつかの動き、あるいはそのすべての運動での自動運動の制限に影響をもたらす。
凍結肩ではすべての運動に影響を与え、特定の病変による部分的な緊張は、関節包のその部分のみに影響を与えるかもしれない。
(運動器リハビリテーションの機能評価Ⅰ)
資料(7)より引用改編作成
関節包の緊張は、上腕骨頭の変位を惹起します。
結果として、肩関節には関節可動域減少や筋力低下、インピンジメントといった症状が出現します。
◆糖尿病性肩関節周囲炎の機序
糖尿病による肩関節周囲炎の機序は、いかのように考えることができるかもしれません。
こうみると、栄養療法と理学療法は、同時進行で進めていくのが重要であると思われます。
◆祈りの手サインと卓上徴候
祈りの手サイン(Prayer sign)・卓上徴候(Tabletop sign)は、限局的な関節可動域制限(limited joint mobility)に見られるものです。
糖尿病におけるLimited joint mobilityの有病率は、8~58%という報告があります(10‐12)。
祈りの手サインは、お祈りするように合掌し(手掌を合わせる)、下の写真のように隙間ができたら陽性です。
資料(13,14)より引用
卓上徴候は、平面なテーブルの上に手掌をおいて、机に手指がくっつくかを確認します。くっつかなければ陽性です。
資料(15)より引用
祈りの手サインは、Ⅰ型およびⅡ型の両方の糖尿病で観察され、サインの陽性は、糖尿病の罹患期間が長いほど多くなります。
可動域制限が生じる原因については、定かになっていませんが、糖尿病の持続的な高血糖によるコラーゲンのグリコシル化(AGEによる歪な架橋形成)などが関与していることが指摘されてます。
肩関節周囲炎があり、祈りの手サイン・卓上徴候がある場合は、糖尿病性であることを考慮してもいいかもしれません。
しかし、非糖尿病患者においても、12~25%にLimited joint mobilityがみられるという報告もあるので、目安程度にしておいたほうがいいかもしれません(16‐18)。
◆肩関節周囲炎には糖尿病の精査を!
メタ・アナリシスには、肩関節周囲炎を診察するうえでの注意点が記載されています。
Earlier diagnosis with prompt referral and treatment may prevent progression to chronic, treatment resistant AC.
In addition, rheumatologists and orthopaedic surgeons assessing patients with AC should enquire about a history of DM and if such a history is absent they should consider undertaking an assessment of HbA1c.
拙訳
迅速な紹介と治療をともなう早期診断は、慢性の治療抵抗性がある肩関節周囲炎への進行を予防する可能性がある。
さらに、肩関節周囲炎の患者を評価するリウマチ専門医および整形外科医は、糖尿病の病歴について問い合わせるべきであり、そのような病歴がない場合は、HbA1cの評価を検討するべきである。
つまり、肩関節周囲炎=整形疾患というのは、古い概念(モデル)といえますね。
英語論文では、「diabetic frozen shoulder」といった言葉が見うけられます。つまり、糖尿病性肩関節周囲炎ということですね。
肩関節周囲炎がある時点で、代謝障害を疑って、しっかりと評価を実施する。そして早期に糖尿病の治療をおこなうことが、肩関節周囲炎の治療を難渋させないために必要ということです。
ちなみに代謝障害は、膝関節症や骨粗鬆症などにも関係していることがわかっています(参照:『リハビリ栄養を診れない理学療法士は時代遅れになる』)。
理学療法士であろうと医師であろうと、整形疾患だからといって、代謝状態を診ていないのは、時代遅れといえるのかもしれません。
【資料】
(1)Two pragmatic trials of treatment for shoulder disorders in primary care: generalisability, course, and prognostic indicators.[PMID:15640264]
(2)アメリカ理学療法士協会ガイドライン:Shoulder pain and mobility deficits: adhesive capsulitis.[PMID:23636125]
(3)Risk factors for idiopathic frozen shoulder.[PMID:18605360]
(4)村木孝行、肩関節周囲炎 理学療法ガイドライン、理学療法学43巻1号:67‐72、2016
(5)アメリカ整形外科学会:Frozen Shoulder
(6)Adhesive capsulitis of the shoulder and diabetes: a meta-analysis of prevalence.[PMID:27331029]
(7)Effects of glycemic control on prevalence of diabetic frozen shoulder.[PMID:22617920]
(8)新しい人体の教科書(上)、山科正平、講談社、2017
(9)運動器リハビリテーションⅠ第4版、陶山哲夫ら監訳、エルゼビア・ジャパン、2012
(10)The skin in diabetes.[PMID:8485952]
(11)Limited joint mobility in type 1 diabetic patients:correlation to other diabetic complications.[PMID:8046322]
(12)Upper limb muscloskeletal aabnormalities and poor metabolic control in diabets.[PMID:19818294]
(13)Prayer sign.[PMID:23984257]
(14)Prayer sign in diabetes mellitus.[PMID:23961509]
(15)Somai P. Limited joint mobility in diabetes mellitus: The clinical implications. J Musculoskel Med. 2011;28:118–24.
(16)Limited joint mobility in type 1 diabetic patients: correlation to other diabetic complications.[PMID:8046322]
(17)Limited joint mobility in children and adolescents with insulin dependent diabetes mellitus.[PMID:2339904]
(18)Association between connective tissue changes and smoking habit in type 2 diabetes and in non-diabetic humans.[PMID:2022177]
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