◆はじめに
今回は、運動失調の簡単な概要と、検査法についてまとめていこうと思います。
運動失調の患者さんをみることは多くはないと思いますが(病院によりますが)、知っていて損はないと思います。
検査法がたくさんあり、目次が長くなっています(笑)
興味のあるところをご覧ください。
[ad#ad5]
◆運動失調とは
失調状態というのは、文献的には「筋力低下と独立に、随意運動の方向や大きさが変化し、起立平衡維持に必要な持続的随意収縮や反射性筋収縮をおかす協調性障害」と定義されています(1)。
もっと簡単にいえば、失調状態とは、「からだの協調性が障害されている状態」ということができると思います。
協調性というのは、以下のように定義されています。
「個体の多くの筋群が神経系の作用によって、機能のうえで相互に調和のある収縮と弛緩を行い、目的に合致する協同作用を現す機能のこと」
「動作に対して運動に関与する筋群の調和がとれた働きにより、運動を円滑かつ正確に遂行する能力」
◆運動失調の症候(症状)
運動失調のおもな症候は、四肢の協調運動障害と平衡障害です。
運動の調節には、
・スペーシング(空間的な調節)
・タイミング(時間的な調節)
・グレーディング(力の調節)
が重要になってきます。
簡単に、「運動の調節」と「運動失調(協調性障害・平衡障害)」の関係性を、まとめると以下のようになります。
◆運動失調の分類
運動失調は、病巣から、
①小脳性
②脊髄(後索・感覚)性
③前庭性
④大脳性
に大きくわけられます。
1.小脳性運動失調
小脳性運動失調は、小脳皮質と小脳への求心路、小脳からの遠心路の障害により生じる運動失調です。
症状
典型的な小脳症状には、以下のようなものがあります。
・躯幹失調
・四肢の協調運動障害(測定過大、反復拮抗運動不能)
・筋トーヌス(筋緊張)の低下
・運動の分解(解体)
・構音障害
・起立歩行障害
原因
小脳性運動失調の原因となる疾患には、以下のようなものがあります。
・小脳梗塞(出血)
・感染性小脳炎
・脊髄小脳変性疾患
・多発性硬化症
2.脊髄性運動失調
脊髄性運動失調は、おもに脊髄後索の病変による深部感覚(位置覚、関節覚)の障害により生じる運動失調です。
症状
視覚代償による歩行障害が特徴的です。
原因
脊髄後索をおかす疾患として、脊髄癆(せきずいろう)が有名ですが、現在はほぼ見ることはありません。
・脊髄腫瘍
・頚髄症
・多発性根神経炎
わたしも乳がんの骨転移で、脊髄後索症状をていした患者さんをみたことがあります。
がん患者さんが増加していくので、そういう患者さんをみることが増えるかもしれませんね。
3.前庭性運動失調
前庭性運動失調は、前庭機能障害に由来し、その多くは耳科的、内耳性障害性疾患の存在に起因、もしくはその後遺症として生じる運動失調です。
症状
多くは、めまいと起立と歩行時の平衡障害が主症状になります。
めまいは、急性期をのぞくと、頭位を変換することによる誘発性で、平衡障害の程度とはかならずしも相関しません。
原因
・メニエール病
・特発性難聴
・前庭神経炎
・聴神経鞘腫
・良性発作性頭位めまい症
4.大脳性運動失調
大脳性運動失調は、前頭葉、側頭葉、頭頂葉などの障害で生じる運動失調です。
症状
小脳性のものと似ており、病巣とは反対の身体に出現します。
原因
・脳血管障害
・脳腫瘍
・脳外傷
どの原因で失調状態がおきているのか、しっかりと評価して、鑑別する必要があります。
◆運動失調の鑑別法
運動失調の鑑別法は、以下のようになっています。
[table id=13 column_widths=”30%|35%|35%” /]
◆運動失調の検査(評価)
運動失調の検査を、
(1)姿勢・歩行
(2)四肢の検査
(3)協働収縮不能
(4)測定異常
(5)反復拮抗運動不能
(6)時間測定障害
(7)運動分解
(8)その他の検査
の8つにわけて紹介していきたいと思います。
(1)姿勢・歩行
①姿勢
体幹運動失調
<方法>
患者さんをベッドに深く座らせて、足を床から離させます。
<判定>
そのとき、上体が不安定となり、膝が開き両手で状態をささえる場合は、体幹運動失調をうたがいます。
さらに両膝をぴったりとくっつけ、腕組をさせ、座らせて、上体の動揺の出現の有無をみます。
<躯幹の協調機能ステージ>
内山らの報告によれば、体幹運動失調のテストに、外的刺激を加えることで、体幹の協調性を分類(ステージ化)することもできます(2)。
ステージ1:失調症状を認めない。
ステージ2:試験肢位にて軽度(検者の外的刺激により、初めての躯幹の動揺・バランス保持能力の低下をしめすもの)の動揺・失調を認める。
ステージ3:試験肢位にて中等度(試験肢位において、刺激なしですでに動揺を認めたり、1回の外的刺激により著しいバランス保持能力の低下をきたすもの)の失調を認める。
ステージ4:通常の椅坐位にて中等度の運動失調を認める。
ロンベルグ試験
<方法>
立位にてつま先をそろえ、気をつけの姿勢をとらせ閉眼させます。
※音がでるので注意してください。
<判定>
この際、急にバランスを崩すものをRomberg徴候陽性として、深部感覚の障害(脊髄性運動失調)をうたがいます。
閉眼でも開眼でも同程度に、からだが動揺する場合は、小脳性運動失調をうたがいます。
<補足>
洗面時に体がふらつき、体をかがめた状態で前方に倒れかかる洗面現象も、ロンベルグ徴候とおなじものです。
マン試験
<方法>
一側のつま先を他側の踵に接し、一直線上において起立させ、正面を見させます(マン姿勢)。
<判定>
健常者では開眼、閉眼ともに身体の動揺や転倒はありません。
開眼よりも閉眼で動揺が大きい場合や、転倒したりする場合は、脊髄性運動失調をうたがいます。
継ぎ足歩行
<方法>
さきほどのマン姿勢から、踵を交互につくようにしながら直線状をまっすぐ歩かせます。
<判定>
運動失調があると、継ぎ足歩行をしたときに、ふらつきやよろめきを示します。
②歩行
動揺、視線、歩隔、歩幅、歩行速度、腕振り、方向転換などを観察します。
また、病巣によって、失調性歩行の特徴がかわってきます。
小脳性運動失調の歩行
・広い歩隔(wide based)、歩幅は一定ではない。
・軽度の場合は、まわれ右や継ぎ足歩行、踵歩きをおこなわせることで、歩行障害が明らかになる。
・中等度以上では、肩関節を外転させてバランスのくずれを予防する。
※音がでるので注意してください。
脊髄性運動失調の歩行
・膝を必要以上に高く上げ、下肢を投げだすように前に出し、踵を床に打つように歩く(踵打ち歩行)。
・歩行中、視線はつねに床に注いでおり、暗がりでは歩行障害が増悪する。
・閉眼での増悪も著明。
前庭性運動失調の歩行
・広い歩隔(wide based)。
・軽度の場合は、まわれ右や継ぎ足歩行をおこなわせることで、歩行障害が明らかになる。
・腕振りは認められない。
(2)四肢の運動失調検査
大まかな手指の失調はこんな感じです。運動失調がどういうものかイメージしやすくなると思います。
※音が出るので注意してください。
①指指試験
<方法>
患者を座位または立位にさせ、肩関節外転位・肘関節伸展位のまま、左右の示指先端を合わせるようにさせます。
最初は開眼、つぎは閉眼しておこないます。
<判定>
運動の円滑性、振戦などをみます。閉眼時には運動失調があきらかになります。
②指鼻試験
<方法>
患者を座位または臥位にさせ、肩関節軽度外転位・肘関節伸展位とします。
その肢位から肘関節を屈曲させて、示指で自分の鼻先をさわるようにさせます。
最初は開眼、つぎは閉眼しておこないます。
<判定>
運動の円滑性、振戦などをみます。閉眼時には運動失調があきらかになります。
③指鼻指試験
<方法>
検者は患者と対面になり、患者に第2指を出させます。
そして、検者の示指の指尖と、患者の鼻の頭とのあいだを、いったりきたりする動作を繰り返させます。
患者が、手を伸ばすとようやくとどく程度の距離にします。近すぎないように注意が必要です。
<判定>
示指の動きかた、振戦の出現、鼻先に正確に達するかなどをみます。
指先に振戦があり、目標物に近づくと振戦が著明になる症状を企図振戦といいます。
小脳症状がある患者は、指を自分の鼻先にもっていくときに、肩関節と肘関節の屈曲が同時におこらず、まず肩関節が屈曲して上腕が挙上、それから肘関節が屈曲をはじめるという現象がみられます。
このような現象を運動分解(解体)と呼びます(後述)。
④膝打ち試験
<方法>
患者を座位にして、自分の膝を一側ずつまたは両側同時に、手掌および手背で交互にすばやく叩かせます。
<判定>
正常では、迅速に、規則ただしくおこなうことができ、同じ場所を叩きます。
障害があると、動作は拙劣となり、叩く場所も一定しません。
⑤足趾手指試験
<方法>
患者を仰臥位にし、母趾を検査者の示指につけるようにさせます。
検査者の示指は、患者が膝を曲げて到達できるような位置にします。
つぎに検査者は、示指をすばやく15~45㎝うごかして、患者にこれを追うようにさせます。
<判定>
小脳障害があると、うまく追えません。
⑥踵膝試験
<方法>
患者を仰臥位にし、足関節をすこし背屈した状態で踵を反対側の膝に正確にのせ、脛骨に沿って足首までまっすぐ踵をすべらせます。最後にもとに戻させます。
<判定>
小脳障害があると、測定障害のため踵はうまく膝に乗らずにずれてしまいます。
また、円滑にうごかすことができず、軌跡が左右に動揺します。
深部感覚障害があると、開眼ではうまくできても、閉眼ではうまくおこなえません。
(3)協働収縮不能
日常の動作は、単一な運動だけではなく、いくつかの運動が組み合わさったものです。
それには一定の順序、調和が保たれていることが必要で、これを協働収縮があるといいます。
この順序、調和が障害されたり、消失したものを協働収縮不能(協働収縮異常)といいます。
①起き上がり動作
<方法>
仰臥位で腕を組んだまま、起き上がるように指示します。
<判定>
協働収縮不能があると、下肢が挙上してしまい、起き上がることができません。
②反り返り動作
<方法>
患者を立たせ、後ろに反り返るように指示します。
<判定>
正常では膝関節が屈曲し、体幹を後方に反り返らせることができます。
しかし、協働収縮不能があると、膝関節が屈曲することができず、後方に倒れてしまいます。
(4)測定異常
測定異常とは、随意運動を目的のところで止めることができない現象のことです。
目的のところまで達しないのが測定過小で、目的を行きすぎてしまうのが測定過大です。
①Arm stopping test
<方法>
患者を仰臥位または座位にして、一側上肢を肘伸展位から、自分の耳朶(耳たぶ)をさわるように指示します。
<判定>
小脳障害では、肘関節を屈曲するまでは比較的に正確な動作が可能だが、そこから耳朶までにいく段階で、測定過大を示すことが多いです。
②過回内試験
<方法>
患者を座位にして、両上肢を肘伸展位で手掌を上にむけて前方に挙上させます。その位置から手を回内させるように指示します。
<判定>
障害側の手は回内しすぎて、母指は健側より下方にむきます。
③線引き試験
<方法>
紙のうえに、約10㎝離して2本の平行な縦線を引き、この縦線間に直角にまじわる横線を、左から右へ引くように指示します。
<判定>
小脳障害では、右側の縦線より手前で止まったり(測定過小)、行き過ぎたりします(測定過大)。
④向こう脛叩打試験
<方法>
患者を仰臥位し、踵で自分の膝を叩かせます。踵を高く上げさせると、異常を見つけやすくなります。
<判定>
小脳障害があると、踵が正確に膝に到達せず、左右にずれます。また、踵の上下運動の幅が大きく、不規則になります。
深部感覚障害があると、開眼ではうまくできても、閉眼ではうまくできないことがあります。
(5)反復拮抗運動不能
①手回内・回外試験
<方法>
患者に両上肢の手掌を上にむけて前方挙上させます。手をできるだけ速く連続で回内・回外させます。
<判定>
小脳障害があると、正常よりも遅くなり、不規則になります。わずかな緩慢さがあっても、とくに問題視する必要はありません。
②Finger Wiggle
<方法>
患者の手を机のうえに置き、ピアニストが鍵盤をたたくような要領で、すばやく叩く運動を反復させます。
<判定>
小脳障害では、指の動きは異常におそくなります。
③Foot Pat
<方法>
患者を座位にして、踵を床につけたまま足関節を背屈位にします。その状態から、くりかえし足底で床をすばやくたたく運動をするように指示します。
<判定>
小脳障害では、ゆっくりとしか行えない。
(6)時間測定障害
動作の開始や終了がおくれ、動作全体が緩慢になります。
(7)運動分解・運動解体
小脳性運動失調では、運動の分解(解体)がおこります。
これは指鼻試験などで、直線的ではなく、三角形の二辺を通るようなぎこちない動作などの現象のことです。
(8)その他
①反跳現象
<方法>
患者の上肢を肘関節でかるく屈曲させ、検査者はその手首を握ります。
患者に腕を自分の胸部にむかって力いっぱい引くように指示し、検査者はこれを引っぱって抵抗をくわえます。検査者は、急に手を離します。
<判定>
正常では、患者は自分の胸を打つことはないが、小脳障害では、強く胸を打ってしまいます。
検査をおこなう場合は、患者の顔または胸部のまえに検査者の手をいれておき、受け止めるようにしておきます。
②振り子性
上肢の方法・判定
患者を立位にし、患者の両肩をもって体全体を前後にかるく揺さぶります。
筋トーヌスの低下があると、正常よりも大きく、長く揺れます。肩ゆすり試験と呼ばれます。
下肢の方法・判定
※音がでるので注意してください。
患者を足が床につかないように少し高めのベッドの端・イスに腰かけてもらい、両足を下垂させます。
両下肢をおなじ高さまで持ちあげて、同時に落下させます。下肢の揺れかたに左右差があるかを調べます。
筋トーヌスの低下があると、正常よりも大きく、長く揺れます。
【資料】
(1)Leigh RJ:Ocular motor syndromes caused by disease of the cerebellum.The Neurology of Eye Movements,3ed ed.Oxford University Press,New York,487-497.1999
(2)内山靖、運動失調症における躯幹協調機能ステージの標準化と機能障害分類、理学療法学 15(4): 313-320、1988
(3)理学療法ハンドブック改訂第4版、細田多穂ら編集、協同医書出版社、2010
(4)理学療法評価学、市橋則明、文光堂、2016
(5)神経診察クローズアップ改訂第2版、鈴木則宏、メジカルビュー、2015
(6)ベッドサイドの神経の診かた改訂17版、田崎義昭ら、南山堂、2010
[ad#ad3]