◆はじめに
理学療法というのは、おおきく運動療法・物理療法・装具療法にわけられます。
とくに、運動療法は基本中の基本になりますよね。これができなきゃ、なにをするんだというくらいです。
そのことはしっかりと法律にも記されてます。
第二条
この法律で「理学療法」とは、身体に障害のある者に対し、主としてその基本的動作能力の回復を図るため、治療体操その他の運動を行なわせ、及び電気刺激、マッサージ、温熱その他の物理的手段を加えることをいう。
(理学療法士及び作業療法士法)
今回は、運動療法のなかでも王道といえる「起立着席運動の効果」について書いていこうと思います。
[ad#ad5]
◆起立着席運動の特徴・利点
資料(1)より引用改編
方法の説明はいらないですね(笑)
立ったり、座ったりをくり返すということです。
①動作別の筋電図の特徴
資料(2)より引用
・座位や立位→筋活動がほぼない。
・歩行→背筋、膝伸筋、膝屈筋の活動が低い。
・起立着席や階段昇降→全体的に筋活動が高い。
日常動作で、筋肉を活動させようと思ったら、起立着席や階段昇降が効率的なようです。
しかし、高齢者や急性期の人では、階段昇降の実施がむずかしいことがあります。
たいして、起立着席運動は、ベッドサイドでおこなうことができますから、非常に使いやすいですよね。
②集団で利用できる
運動療法は、ひとりでやるより、みんなでやるほうがモチベーションがあがりますよね。
起立着席運動は、集団で実施することもできます。
こんな動画があがってました。いいですよね。
※音声が流れますので、注意してください。
◆起立着席運動の報告
三好正堂医師が、起立着席運動の効果について報告しています(3)。
対象になったのは、急性期病院(平均55日)・回復期病院(平均156日)で、専門的なリハビリを受けた脳卒中患者46例です。
治療は「起立着席運動」を1日400~600回をメインにおこないました。入院期間は平均69日です。
結果はこのようになりました。
資料(3)より作成
これは約200日間のリハビリを受けたあとの患者さんですが、全体の70%に改善がみられました。
これってすごいですよね。やっぱり、徒手療法とかも大切だと思いますが、基本をないがしろにしてはいけないなぁと思いました。
◆筋力強化はガイドラインでも推奨!
日本の理学療法士はガイドラインを使ってないということを、『理学療法士の70.1%がガイドラインを使っていないという事実』で指摘しました。
しかし、ガイドラインは多くの情報をまとめあげたエビデンスの集大成ともいわれています。これを使わない手はありません。
さて、理学療法ガイドラインでは筋力増強はどのように位置づけられているのでしょうか?
資料(4)より引用
Aは「行うように勧められる強い科学的根拠がある」、Bは「行うように勧められる科学的根拠がある」と定義されています。
極端にいえば、やれよッ!ということですね(笑)
また、脳卒中ガイドライン(2015)にもこういう記載があります。
歩行障害に対するリハ
起立─着席訓練や歩行訓練などの下肢訓練の量を多くすることは、歩行能力の改善のために強く勧められる(グレードA)。
これはやるしかないでしょう。
やらない場合は、その理由を客観的・論理的・具体的に説明できないと訴えられる可能性があります。
このことは『リハビリ事故の事例・判例から対策を考える』に書いてますので、参照にしてください。
◆起立着席運動の12の効果
1.廃用予防・運動機能向上
入院している患者さんの最大の注意事は、廃用症候群を予防することにあるとおもいます。
初発脳卒中患者が、2週間ほど歩けないでいると、もとの筋断面積に戻るまでに8週間、つまり3倍の期間を要したという報告があります(5)。
資料(5)より作成
安静の期間が長くなればなるほど、それをもとに戻すのには、何倍もかかるということですね。
下手をすれば、もとに戻すのに、ひどく難渋するくらい運動機能が低下するということも考えられます。廃用症候群は、下肢筋のほうが優位に進んでいく傾向があります。
下肢筋力を維持するのに必要な起立着席運動の回数は、健常人では少なくとも260~300回は必要であることが推察されます(6)。
(参照記事:エビデンスからリハビリ退院時の歩行指導を考える)
そうなると、やはりそれ以上の回数が必要なのではないかと思いますよね。
しかし、高齢虚弱患者を対象にして、1日5回(週4日・2か月)の起立着席運動を実施したところ、筋持久力やトルク値、6分間歩行距離などが向上したという報告もあります(7)。
ほかにも多くの研究で、低強度のトレーニングで筋力を向上できることが示唆されてます。
回数にとらわれるのではなく、患者さんの状態などを総合的にみて、なにを目的にしているかをしっかり見定めたうえで、最適解を導きだすことが大切ですね。
2.精神的にも好影響
体動時間が減りますから、精神的にも好影響があることは予想できますね。
筋力トレーニングのおもな臨床効果として、抑うつ症状の減少や自己効力感の向上、気力の改善、認知機能低下の抑制などがあげられます。
資料(8)より引用改編作成
3.排尿障害・排便障害を改善
排尿・排便というのは、患者さんにとって非常にニーズの高いリハビリです。
厚生労働省が発表した資料によると、通所リハを利用している患者さんの55.9%が、「排泄などの動作ができるようになりたい」と答えています(9)。
これを受けて、日本慢性期医療協会の会長である武久洋三医師は、著書『あなたのリハビリ間違っていませんか』のなかで、理学療法士に向けて、非常に辛辣なことを書いています。
怒らないでくださいね。怒るなら武久会長に向かって怒ってください。
リハビリ療法士、特に理学療法士は、「嚥下リハビリ」や「排泄リハビリ」なんて、さらさら提供するつもりがないようにみえます。「It’s not my job」とまでは言わないばかりの勢いなのです。
(中略)
理学療法士等は唯我独尊で、「私の言う通りにしていればよいのだ」と言わんばかりの自信満々の態度で、自分がよいと考えているリハビリに邁進している人が多いのでしょうか。果たしてこれでよいのでしょうか。
(中略)
これら患者さんの2大重要ニーズの「嚥下障害」と「排泄障害」に対して優先的にリハビリしてくれませんか。世の中の理学療法士の皆さんにお願いしたいです。
なんとも嫌みったらしいですね。ここだけ読んでも武久会長のことを嫌いになります。
調査はしているようですが、過度の一般化(狭い範囲のことや、ひとつの事例を、全体に通用させようとすること)が過ぎるかなと思います。
しかし、武久会長の指摘がすべて誤っているというわけではないんですよね。
患者さんの気持ちを無視したリハビリやガイドラインにも載ってないような自分がしたい治療を押しつけたりするのは、自重すべきでしょう。
話を戻しますが、起立着席運動は、下肢筋力を強化し、それにともない移乗能力を向上する可能性があります。
また、体動することで腸の蠕動運動を刺激し、便秘といったものを改善することも考えられます。
そういう意味で、起立着席運動は、排泄障害を改善する可能性がありますね。
4.肺炎の予防
活動性の低下から、誤嚥による肺炎のリスクも高まりますよね。後述しますが、起立着席運動は、嚥下機能にも影響を与える可能性が示唆されています。
また、食事のときの姿勢保持などにも、筋力が関係してきますから、体幹筋なども活動する起立着席運動は、誤嚥からの肺炎予防に関わってきそうですね。
5.嚥下障害の改善
嚥下障害があると、嚥下訓練を実施することがあります。
しかし、現時点では嚥下訓練の有効性は認められていません。『嚥下障害診療ガイドライン』にはこういった記載があります。
嚥下訓練では、代償的手法や運動訓練法が実践され、多くの研究や症例報告が蓄積されている。
しかしながら、嚥下訓練の有用性に関するエビデンスの高い研究は多くないのが現状である。
具体的な訓練法の統一や帰結の評価方法を確立し、多くのサンプルを対象によくデザインされた臨床研究が求められている。
三好医師は、こういったことを踏まえ、嚥下訓練より起立着席運動をしたほうが誤嚥予防効果があると指摘しています。
以下のような報告もなされています。
対象は経鼻経管栄養患者76名です。嚥下訓練は一切おこなわず、起立着席運動だけをおこない、改善度合いを調べました(総合リハビリテーションに論文投稿をしているようですが、見つけられませんでした)。
結果はこうなりました。
資料(2)より作成
70%ちかい患者さんの嚥下機能が改善し、食事形態が変わっています。
もちろん、嚥下訓練が不必要ということではないです。エビデンスがないことと、嚥下訓練に効果がないというの別物ですから。
起立着席運動といった筋力強化に、嚥下訓練をくわえたら、もっと改善率があがる可能性もありますよね。
6.深部静脈血栓症の予防
深部静脈血栓症とは、いわゆるDVTのことですね。動いていますから、血栓ができる可能性は低くなりますね。
7.関節拘縮の予防
これも動くことによって、関節運動がおこりますから、拘縮予防になりますね。
8.骨粗鬆症の予防
骨に刺激が入りますから、骨の代謝を促進することで、強化される可能性があります。
骨に加わる荷重が増加すると、破骨細胞の働きが抑制され、骨芽細胞が刺激されて、骨量が増加し、骨の構造が強化される。
骨量を増加させる負荷としては、低強度の運動よりは高強度の運動、持続的な(加速度の小さい)荷重よりは断続的な(加速度の大きい)荷重、日常的な刺激よりは非日常的な刺激の方が、その効果が高いといわれている。
『高齢者の機能障害に対する運動療法』
9.バランスの向上(転倒予防)
起立着席運動には、重心移動が必要となりますから、バランス訓練にもなりますね。
転倒危険因子(資料12より引用)
この報告では筋力低下がある人は、転倒リスクが6.2倍になるとしています。筋力を落とさないことが、転倒予防にもなるわけですね。
10.褥瘡の予防
これもDVT・拘縮予防と同じですね。
11.起立性低血圧の予防・心機能改善
長期臥床後の起立性低血圧は、けっこう厄介ですよね。なるべく抗重力位をとり、自律神経が失調しないように気をつけないといけません。
あと、実際に起立着席運動するとわかりますが、けっこう心拍数が上がります。持久力の運動にもなるんじゃないかなと思ったりします。
12.メタボリックシンドロームの予防
筋肉がつくことで、インスリン抵抗性にも影響がありますよね。メタボに少なからず効果はあるでしょう。
世界各国の糖尿病ガイドラインでも、運動療法は推奨されています。
・アメリカ糖尿病学会(ADA)
有酸素運動を150分(週)。さらに週に3回レジスタンス運動も追加。
・カナダ糖尿病学会(CDA)
有酸素運動を週に合計150分以上・3日以上に分けて。さらに週に3回レジスタンス運動も追加。
・欧州糖尿病学会(EASD)
週に最低5回・30分運動
・国際糖尿病連合(IDF)
週に3~5日・30~45分ずつ、または週に合計150分
◆活用はセラピストしだい
起立着席動作を、患者さんのモチベーションアップに用いておられる方もいました。
例えば20回を3セット行います。PT OT 自己トレで だんだん増やしていき一日で80回ができると階段昇降が容易になります。と患者に伝えて
自己トレで回数を増やすのはいい目標になるようです。
目標回数と動作を絡めて話せば効果的です。— PMandR(木田康之) (@yukeyuusya) July 31, 2017
起立着席動作は、運動療法のひとつに過ぎませんが、活かしようよっては、多くの可能性があると思います。
どう多面的に活かしていくかは、セラピストの力量にかかっているのではないでしょうか。
ぜひ、起立着席運動をうまく活用して、患者さんの機能向上に繋げてもらえたらとおもいます。
【資料】
(1)林秀俊、片麻痺患者の起立動作獲得のための加速的アプローチ、理学療法17巻12号:1083‐1086、2000
(2)間違いだらけのリハビリテーション、三好正堂、幻冬舎、2015
(3)三好正堂、大腿骨近位部骨折のリハビリテーションからみえる廃用症候群、Jpn Rehabli Med Vol.53 NO.1:17‐26、2016
(4)”臨床思考”が身につく運動療法Q&A、高橋哲也、医学書院、2016
(5)近藤克則、脳卒中早期リハビリテーション患者の下肢筋断面積の経時的変化-廃用性筋萎縮と回復経過-、リハビリテーション医学34:129‐133、1997
(6)市橋則明、歩行量と下肢の訓練頻度の関係-1万歩の筋活動に相当する下肢筋の訓練頻度について、PTジャーナル21(11):803‐806、1995
(7)西本勝夫、「椅子からの立ちあがり動作」を用いた訓練効果の検討-後期高齢女性の下肢筋機能、重心動揺および歩行能力への影響-、理学療法学14(4):181‐187、1999
(8)身体活動・座位行動の科学、熊谷秋三ら編集、杏林書院、2016
(9)リハビリテーションにおける医療と介護の連携に関する調査研究事業
(10)あなたのリハビリは間違っていませんか、武久洋三、メディス、2016
(11)高齢者の機能障害に対する運動療法、市橋則明、文光堂、2010
(12)Falls in the nursing home.[PMID:8053619]
(13)最先端医療バンク
[ad#ad3]