忙しい人のための要約
    ・行岡哲男さんが「医療とは何か」で病気の3要素を提言
    ・病気の3要素は「身体の不都合」、「不条理感」、「自己了解の変容の要請」
    ・老いと病気の違いは「自己了解の変容の要請」が関与

     

     

    ◆「病」が表す意味

     

    病気になるってなんでしょうか。考えてみると意外に「病気になる」というのは定義が難しい事柄です。

     

    たとえば、がん細胞というのは、数年かけて少しずつ増えていくものがあります。しかし、症状もなにもないので、病気になったという自覚はありませんよね。しかしながら、実際問題として、がん細胞は着実に増えているわけです。これは病気になっているのか?

     

    ほかにも高血圧。学会や専門家が○○以上は高血圧でっせと決めますが、たとえば昨日までは160以上が高血圧とされていたのに、今日から150以上が高血圧ですよと変更されたりするわけです。そのとき、155の人は昨日までは正常だったのに、今日から急に異常になるわけです。手のひら返しすぎて腱鞘炎になります。

     

    そもそも「病」という字は、「疒」の部分が人が病気で寝台にもたれている、「丙」が脚の張りだした台の象形で、人が病気で寝台にもたれているのを表しているとのことです。

     

    病になるというのは、寝込んでいるということなんですね。しかし、ちょっと気分がすぐれないから寝込んでいるときもありますし、すぐさまそれで病気になったということにはなりませんよね。

     

    こう考えるいくと、病気になるってどういうことなん?ってなります。最近、読んだ本にそれを考えるのによいことがあったので紹介しようと思います。

     

     

    ◆「病気になる」の3つの要素

    医者である行岡哲男さんは、著書『医療とは何か』のなかで、病気になる3つの要素を提案しています。その3つとは、

    (1)身体の不都合
    (2)不条理感
    (3)自己了解の変容の要請

     

    ひとつずつ見てみましょう。

     

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    (1)身体の不都合

    これは文字通りの意味あいで、身体に不都合があるということで、たとえば膝が痛い、めまいがする、息苦しいなどなにかしら気にかかるところがあるということです。

     

    なんの不調もないけど、検査したら胃がんが見つかったとしましょう。おそらく病気になったという感覚はないのではないでしょうか。

     

    つまり、病気になるというのは、ひとまず身体になにかしらの不都合・不調が必要ということです。

     

     

    (2)不条理感

    つぎは不条理感。ちょっと難しいですね。

    簡単にいえば、「なんでわたしに?」っていうことです。本書からもうちょっと詳しく見てみますと、

     

    単に身体の不都合だけでなく、自分の今後の人生の物語の展開に想定外の制約を加え、または変更を強いる事態として病気は現れます。「なぜ私に、こんなことが」の「こんなこと」というその具体的内容は、人生の物語に想定外の変更や制約が加わる「こと」です。ー医療とは何か P43ー

     

    たとえば、会社の社長がいたとして、これから事業を拡大していって会社を急成長させるぞ!と意気込んでいるときに、胃がんと診断され余命は数か月ですとなったとき。

    この社長のなかでは、なんで自分がっていう気持ち。そして治療や症状の悪化などによって、人生の想定外の制約(変更)を強いられます。会社に出勤できなくなる、最終的には退職ということになるでしょう。

     

    そういうことをまとめて不条理感としているわけです。この不条理感のたち現れが、病気になるということの要素のひとつになるわけですね。

     

     

    (3)自己了解の変容の要請

    自己了解の変容の要請。。。これだけだとまったく不明ですね笑

    自己了解というのは、なんとなく描いている人生設計みたいな感じです。

     

    自分自身の人生を、満足とはいかなくとも、とりあえずは受け入れて生きている場合、自己了解が成立していることになります。ー医療とは何か P44ー

     

    ざっくばらんにいえば、満足の多寡というのはひとまず置いておき、「いままでこうで、これからこんな感じに生きていくんだろうなぁ」というのが自己了解ということですね。自己了解の変容の要請とは、自己了解(人生設計)を変えるような事態になるということです。

     

     

     

    具体的にまとめてみましょう。

    とある高齢女性がいたとします。ある日、転んでしまい腰椎を骨折。痛みや背中の可動性の低下などがあり、いままで通りの生活が難しくなりました(身体の不都合)
    友人たちは旅行に行ったりして人生を謳歌しているのに、自身は参加することが億劫になってしまい、なんで私だけがという煩悶する日々です(不条理感)
    そして、旅行に行ったり、趣味であるカラオケに行くことを減らしたり、あきらめたりしなければならないという気持ちが心を満たしています(自己了解の変容の要請)

     

    このように3つの要素が満たされたとき、人は病気になるわけです。

     

     

    ◆老いと病気の違い

    3要素の「自己了解の変容の要請」は、老いと病の違いを考えるうえでも重要な要素になります。

     

    人は必ず老います。そうすると身体に痛みが出る、動きが悪くなるといった不都合が出てくるのは自然のことです。つまり、病気のひとつの要素である「身体の不都合」を満たしやすくなるわけです。

     

    しかし、「老い=病気」と単純になるわけではありません。そこには自己了解が関わってくるのです。

     

    年を重ねて身体の不都合を実感しても「致し方なし」と受け入れてる場合、身体の不都合にもかかわらず老いゆく者としての自己了解が成立しており、この変更は迫られません。ー医療とは何か P44ー

     

    なるほどなぁと思いました笑

    言われてみれば当然のことなんですが、ついつい物質的・器質的な感じにところに注目しやすいので、こういった心理的・精神的なことの重要性を再認識しました。

     

    病気になるまえから、こういうことをときおり考えていると、すこし病気への耐性がつくのではないかなと思ったり。まぁ、でもどんなに覚悟していてもなかなか受容できないことが大半だと思うので、なんともいえないところもあります。

     

    この病気の3要素はいろいろ考えるうえで役立つものと思います。

     

    【資料】

    (1)医療とは何か、行岡哲男、河出ブックス、2012

     

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