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星新一『殉教』からみる人が生きる理由~死への恐怖~

星新一 殉教

 

どうして人は生き、文明を発達させるのでしょうか?

人が生きる理由とはなんでしょうか?

 

最近、星新一の『殉教』というショートショートを読みました。この話の大まかなあらすじを紹介します。

 

とある科学者が、あの世と通信できる機械を発明します。多くの聴衆を目前にして、科学者は亡くなった妻と連絡をとります。しかし、聴衆はカセットテープを流しているんじゃないかなど疑いを払拭できません。驚くべきはこのあとです。科学者は聴衆のまえで毒をのんで自殺してしまうのです。そして、残された機械から科学者の声が聞こえてきます。

 

「そのまま、そのまま。もう死んでいるんですから、いくらいじっても手おくれですよ。それに、殺人でも、精神異常による発作でもないんです。計画的な自殺です。本人が言うんですから、これほど、たしかなことはありません」

その声は、まさに、いま死んだばかりの男のものだった。

『ようこそ地球さん「殉教」』P418

 

そして、多くの人が機械からあの世はいいところだと聞くと、その場で自殺してしまうということが相次ぐようになり、町中に死体があふれかえることになります。死んだほうが幸せになるとわかるや否や、多くの人が命を簡単にすててしまったのです。

 

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小説では以下のように記しています。

 

人間というものは、なんのために生きているのだろう。この答えが出たのだった。つまり、死の恐怖だけで支えられていたらしい。文明の進歩は、未知にもとづく恐怖をつぎつぎに消し、死こそ最後に残された、ただ一つの、最大の恐怖だった。

『ようこそ地球さん「殉教」』P428

 

人というのは、ただ「死」という恐怖から逃れるために、生きている。そして、その死をはじめとする「未知」による恐怖を払拭するために、文明を発達させてきたというのです。

 

たしかに、すべての権力を手に入れた秦の始皇帝が、最後の最後まで欲していたのが不老長寿の薬でした。始皇帝の不老長寿の薬を探してこいという命令を受けて、徐福という人が日本にたどり着いたという話も残っています。また、仏教においても人間の根本的な苦の一つに「死」が挙げられています(いわゆる四苦八苦)。

 

死の恐怖という、単純なものが人を生かしているというのはなかなか衝撃でした。小説は「(科学や自分といったものを)信ずる能力」が欠けた人間が生き残って、死体があふれかえった町を掃除しているところで終わります。

 

自分はこの話を読み終えて、もしそういう機械がほんとうに発明されたとき、自分は本に登場している人たちのように自殺するのか? と問われると躊躇してしまうような気がしました。自分もどこか「信ずる能力」というものが欠けているのかなと思ったり。

 

人が生きる理由なんて、そんなたいそれたもんじゃなく、ただ死の恐怖から逃れるというだけなのかもしれませんね。

 

【資料】

(1)ようこそ地球さん、星新一、新潮文庫、1972

 

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