◆はじめに
超高齢社会になり、サルコペニアを早期に発見し、介入していくことは非常に大切なことであると思われます。
今回は、サルコペニアの概要を説明し、簡易に評価できる「指輪っかテスト」をご紹介したいと思います。
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◆サルコペニアとは
サルコペニアは、Rosenbergが1989年に提唱した概念で、加齢による筋肉量の減少を意味しています(1)。語源はギリシア語のサルコ(肉・筋肉)、ペニア(減少・消失)からきています。
Rosenbergは加齢による筋力低下をサルコペニアとしていましたが、2010年のEWGSOP(European Working Group on Sarcopenia in Older People)のコンセンサス論文では、筋力低下もしくは身体機能低下を認めない筋肉量減少の場合、サルコペニアとは呼ばないとしています(2)。
【サルコペニアの概念】
狭義(原発性):加齢による筋肉量減少。
広義(二次性):すべての原因(活動・栄養・疾患など)による筋肉量減少・筋力低下・身体機能低下。
1.サルコペニアの疫学
さて、日本にはどのくらいサルコペニアの人がいるのでしょうか?
65歳以上の日本人4811人の調査をしたところ、男性8.2%・女性6.8%がサルコペニア(EWGSOP基準)で、とくに80歳以上でサルコペニアが増加することが報告されています(3)。
資料(3)より作成
2.サルコペニアの原因
資料(4)より引用
サルコペニアの原因は単一的なものではなく、いろいろな要因が複雑に絡み合っており、統合的に考えていくことが大切だと思います。
(1)低活動(臥床)
Kortebeinらは、健康な高齢者が10日間の安静によって、脚の重量が1kgほど減少したと報告しています。また等尺性膝伸展筋力(16%)やタンパク質合成が、有意に低下したともしています(5)。
以前、3週間の安静が40年分の加齢に匹敵するというダラス・スタディについて書きました(『3週間の安静は40年分の加齢と同じ』参照)。安静にメリットはほぼないですね。
(2)ミオスタチン
ミオスタチンというタンパク質が関わっていることもいわれています。
ミオスタチン(myostatin /別名 GDF-8 :Growth Differentiation Factor-8)とは1997年にMcPherronらによって発見された、TGF-βスーパーファミリに属する26kDaの糖タンパク質であり、筋肉増殖の負の制御因子としての機能を担っています。
ミオスタチンは主に骨格筋で合成され、骨格筋の増殖を抑制します。ミオスタチン発現レベルの低下は筋肉量の増加と体脂肪減少、ミオスタチン発現レベル上昇は、筋肉量の減少/消耗をもたらします。
(3)タンパク質不足
筋肉もタンパク質からつくられますから、タンパク質が不足すれば筋肉量が低下するというのは、そんなに想像に難くありませんね。
PROT-AGE Study Groupは、高齢者(65歳以上)が除脂肪体重と機能を維持・回復するために、少なくとも1日に1.0〜1.2g/kgのタンパク質の摂取を推奨しています(6)。WHOはそれよりもやや少なめのタンパク質摂取を推奨しています。
健常者であれば、1g/kgほどのタンパク質が摂取が必要のようです。もちろん、活動量が多い人や慢性および急性疾患に関連する炎症および異化状態にある人は、それよりも多い量が必要になります。
(4)毛細血管血流の低下
加齢による血管拡張能力および毛細血管の減少が、筋肉における酸素やエネルギー源、代謝産物の交換を減少させることがいわれています(7)。
川の流れを想像するとわかりやすいですね。流れが滞ると腐敗物が沈滞して、川はドブのようになってしまいます。筋肉でいえば、血流がわるく栄養が流れてこないで、老廃物がたまるような感じですね。
(5)ホルモン
加齢にともないインスリン様成長因子(Insulin-like growth factor-1:IGFー1)、性ホルモンなどが低下します。
これらの影響もサルコペニアには関係しているかもしれないといわれていますが、ホルモンを補充してもサルコペニアが軽減しないという報告もあり(8)、議論の余地があります。
(6)神経刺激の減少
刺激がなければ筋肉量は低下しますね。神経麻痺を想像するとわかりやすいですね。
(7)炎症/酸化ストレス
加齢にともなって増加する酸化ストレスや炎症が、加齢性の筋萎縮過程の重要な要因のひとつである考えられています(9・10)。とくにILー6やCRP、TNFーαなどが関与しているといわれています(11ー13)。
(8)脂肪毒性(異所性脂肪)
加齢にともなって増加する脂肪は、サルコペニアと相乗的に作用するようで、脂肪毒性傷害によって潜在的に加速される生理学的変性プロセスは重要といわれています(14)。
資料(15)より引用
脂肪毒性というのは、過剰な遊離脂肪酸により耐糖能が悪化することをいい、広義と狭義があります。
・広義:インスリン作用障害(lipotoxicity)
・狭義:インスリン分泌の悪影響(β-cell lipotoxicity)
また、脂肪組織以外の臓器に蓄積する脂肪が注目されており、異所性脂肪などと呼ばれています。健常高齢者では、筋肉内の異所性脂肪の増加が、代謝異常(インスリン抵抗性)と独立した因子であるという報告もあります(16)。
そして最新の報告では、異所性脂肪がサルコペニアと関連していることが報告されています(17)。62~88歳の男女64人を対象にした研究で、大腿部の超音波横断画像を分析したものです。それによると、男女ともに筋肉内の脂肪と筋肉の厚さとの間に有意な負の関連が認められました。
3.サルコペニアとフレイルの関係
最近では、フレイルという言葉をよく見かけます。
フレイルというのは、「加齢にともなう症候群(老年症候群)として、多臓器にわたる生理的機能低下やホメオスターシス(恒常性)低下、身体活動性、健康状態を維持するためのエネルギー予備能の欠乏を基盤として、種々のストレスに対して身体機能障害や健康障害を起こしやすい状態」と定義されています(18)。
図を見ればわかるように、フレイルのもっとも重要な因子のひとつがサルコペニアなんですね。フレイルサイクルの悪循環におちいる前に、早期発見・早期介入が大切ですね。
4.サルコペニアとQOLの関係
いくつかの臨床研究から、筋肉量減少とQOL間には多少の関連があることが推測されており、また筋肉量減少より筋力低下のほうが、QOL低下に強く相関しているともいわれています(19)。
3.サルコペニアと糖尿病の関係
サルコペニアは糖尿病発症のリスクになります。要因としては、インスリンの抵抗性やインスリン分泌低下、炎症、高血糖、神経障害、低栄養、減量による体重減少、活動量低下による廃用などが考えられています。
また、糖尿病にかかってしまうと、さらにサルコペニアを促進してしまうことも考えられますね。促進されたサルコペニアにより糖尿病がさらに悪化して…と悪循環になってしまう可能性もあります。
◆指輪っかテストでサルコペニアを予測する
さて、簡単にサルコペニアについて書いてきました。サルコペニアを早期に発見し、適切に介入することが重要であることは言うまでもありません。
しかし、サルコペニアを早期に発見しようとしても、やや評価が煩雑で、なかなか実践するのが大変という一面もあるかと思います(診断には四肢骨格筋量、歩行速度、握力などを計測することが多い)。
そこで今回は、いかなる器具や計算もいらず、ベッドサイドでも簡単におこなえる『指輪っかテスト』を紹介したいと思います。
指輪っかテストは、今月(2017年9月)東京大学高齢社会総合研究機構の田中・飯島らが『Geriatrics & Gerontology International』に報告したものです(20)。
方法は簡単で、両手の母指と示指でつくった指の輪っかで、下腿周囲の最大部分を囲うだけです(患者自身で行う)。すると、イラストのように3つのグループにわけることができます。
「介護ポストセブン」より引用
1904人(平均72.8歳)を調査した結果が以下のようになります。
・囲めない:53%
・ちょうど囲める:33%
・隙間ができる:14%
囲めないをベースにすると、サルコペニアの危険度(オッズ比)は、ちょうど囲めるが2.4、隙間ができるが6.6になっています。
資料(20)より作成
また、サルコペニア新規発症の危険度(ハザード比)は、ちょうど囲めるが2.1、隙間ができるが3.4になっています。
資料(20)より作成
つまり、指輪っかテストで隙間ができる人は、サルコペニアになっている可能性が高く、評価時点でサルコペニアでなくても、新たにサルコペニアになってしまう可能性が3.4倍ということですね。
くわえて、隙間ができる人は介護保険サービスの使用が2倍、死亡率が3.2倍に増加したとのことです。
指輪っかテストは簡単に評価することができるので、臨床で用いてみるのはどうでしょうか。
【資料】
(1)Rosenberg IH.Summary comments.Am J Clin Nutr.50:1231-1233,1989.
(2)Sarcopenia: European consensus on definition and diagnosis: Report of the European Working Group on Sarcopenia in Older People.[PMID:20392703]
(3)Using two different algorithms to determine the prevalence of sarcopenia.[PMID:24450560
(4)The pathogenetic bases of sarcopenia.[PMID:26136791]
(5)Effect of 10 days of bed rest on skeletal muscle in healthy older adults.[PMID:17456818]
(6)Evidence-based recommendations for optimal dietary protein intake in older people: a position paper from the PROT-AGE Study Group.[PMID:23867520]
(7)Age-related changes in the microcirculation of skeletal muscle.[PMID:9889909]
(8)Sarcopenia: its assessment, etiology, pathogenesis, consequences and future perspectives.[PMID:18615225]
(9)Immune activation is associated with reduced skeletal muscle mass and physical function in chronic heart failure.[PMID:16024109]
(10)Relationship of interleukin-6 and tumor necrosis factor-alpha with muscle mass and muscle strength in elderly men and women: the Health ABC Study.[PMID:11983728]
(11)Inflammatory markers and loss of muscle mass (sarcopenia) and strength.[PMID:16750969]
(12)Higher inflammatory marker levels in older persons: associations with 5-year change in muscle mass and muscle strength.[PMID:19622801]
(13)Protein kinase B/Akt: a nexus of growth factor and cytokine signaling in determining muscle mass.[PMID:17332274]
(14)Lipotoxicity, overnutrition and energy metabolism in aging.[PMID:16630750]
(15)島袋充生、1.肥満症と異所性脂肪,脂肪毒性、日本内科学会雑誌;100:983ー988、2011
(16)Adipose tissue infiltration in skeletal muscle of healthy elderly men: relationships with body composition, insulin resistance, and inflammation at the systemic and tissue level.[PMID:19864639]
(17)Relationship between quadriceps echo intensity and functional and morphological characteristics in older men and women.[PMID:28126635]
(18)葛谷雅文、老年医学におけるSarcopenia & Frailtyの重要性、日老医誌;46:279‐85、2009
(19)若林秀隆、サルコペニアと栄養療法・高齢者の栄養状態とQOL、静脈経腸栄養;vol29 no.3:41ー46、2014
(20)”Yubi-wakka” (finger-ring) test: A practical self-screening method for sarcopenia, and a predictor of disability and mortality among Japanese community-dwelling older adults.[PMID:28898523]
(21)治療を支える疾患別リハビリテーション栄養、森脇久隆・大村健二・若林秀隆編集、南江堂、2016
(22)食と医療 1号、講談社MOOK、2017
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