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◆まずは話を訊(聴)く
人を相手にする仕事であれば、まずは相手の要望をしっかりと「訊(聴)く」必要があります。
これは当たり前のことですが、医療業界ではないがしろにされやすい傾向があるような気がします。
「専門家である俺の言うことを聞いとけばいいんだ」というパターナリズム(父権主義)は、医者に限ったことではないと思うのです。
でも、それって奇妙な話ですよね。
たとえば、床屋(美容室)に行ったとします。そこで、理容師(美容師)さんが勝手に髪を切り始めたら怒りますよね。
家を建てようとして大工さんに依頼したら、自分たちの要望も聞かずに建設を始めたら怒りますよね。
人を相手に仕事をしている限り、依頼主の要望を訊くのは当然です。
そうでないと仕事がなくなりますからね。これは医療も同じです。相手の病気や生活に関することの要望を訊くところから始めるのがスジってもんです。
◆他人の気持ちを勘違いしている
経験豊かな人がいれば、こう反論してくるかもしれません。
「私は長年の経験があるから、相手に訊かなくてもわかるんだよ」
ホントにそうでしょうか?
1997年にSwann、Gillらの興味深い研究報告があります(1)。彼らは実験室にやってきたカップルを無作為(適当)にわけました。
一方は「自尊心や能力、好きなものなどを調べるアンケート調査に答える群」(図右)、もう一方は「アンケートに答えている人の答えを予測する群」(図左)です。予測する群には予測した答えの自信の度合いも答えてもらいました。
結果は以下のようになりました。
資料(1)より作成
黄色い棒はあてずっぽう(根拠なく適当)に答えた時の正答率、青い棒はアンケートを実際の平均正答率、赤い棒は自分で予測した正答率です。
この調査からふたつのことが判明しました。
①カップルの理解している度合いは、あてずっぽうより高い。
②実際よりもパートナーのことを理解していると思っている。
ということです。
たとえば、自尊心のところを見てみます。
自分の予測はあたっていると答えたのが約82%であるのに、実際の正答率は44%でした。すなわち、自分が思っている半分くらいしかパートナーのことを理解できていなかったということです。自分の能力や、好きなことに関してはそれ以下ですね。
つまり、カップルという親密な仲であっても、相手のことを理解できていない、できていたとしても半分くらいということです。
それほど親密でない人が対象ならばいわずもがなでしょう。
◆長くいても気持ちはわからない
「いや、この実験は付き合っている期間が短くてわからなかったのだろう」
そんな反論もあるかと思います。実験に参加した人の交際期間は、もっとも短い人で3週間、もっとも長い人で312週間(約6年)で、平均は78週間(約1.5年)でした。
この実験では、おもしろいことがわかっています。長くいればいるほど、過信傾向が高まるということです。
つまり、つきあっている期間が長いカップルほど、相手のことを理解していると過信(勘違い)しているわけです。
たまに、長くいるから夫(妻)のことは以心伝心でわかるみたいなことを言っている人がいますが、もしかしたらそう思い込んでいるだけかもしれませんよ。だから、熟年離婚なんかを切り出されると慌てふためくのかもしれません。
◆第六感は傲慢である
ニコラス・エプリーさんは、『人の心は読めるか?』のなかでこう述べています。
もし相手を本当に知りたいなら、想像するのではなく、直接訊けばいい。(中略)自分の第六感を過信しているからこそ、私たちは最初に相手の考えを直接訊かないのだ。
第六感、つまり勘で他者のことを理解できるなんて考えるのは、傲慢以外のなにものでもありません。
その人から報酬を得るような仕事に就いているのであれば、なおさら訊くことは重要でしょう。
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◆訊かないことは美徳?
しかし、なんでもかんでも訊けばいいってもんでもないですよね。
日本の文化では、なんでもかんでも白黒つけたり、融通がきかないことを「野暮」や「無粋」といって嫌いました。
福沢諭吉は、物事は場面と程度と方向性(今でいうTPO)によって美点にも欠点にもなると言っています。
たとえば頑固と真面目。あるときは頑固という短所にもなるし、あるときは真面目という長所にもなります。
訊くことも大切だし、訊かないことが大切なときもあると思います。そのあたりはバランスですよね。このあたりの機微(さじ加減)は経験によるところが大きいのかもしれません。
◆医療も国際化へ 必要な能力とは
ただ、これからの時代は圧倒的に「訊く」ことが増えていくと考えられます。
日本は島国ですから、移民問題などに関心がすくないですね。しかし、移民は世界の大きな問題になっていることは言うまでもありません。日本も数年後には移民を受け入れざるをえなくなるでしょう。
「国際化」は否が応でもせまってきています。医療の現場の「国際化」はもっとはやくおこるでしょう。日本は超高齢社会になりました。これから医療・介護という分野で、労働力不足がおこるのは自明です。
政府はフィリンピンやタイという国と経済連携協定を結んで、看護師や介護福祉士を受けいれることを決めています。
これは増えるだろうとかいう予測ではありません。政府間の協定で決めたことですから、かならず外国人籍の医療人は増えるのです。医療者ー患者の間だけでなく、日本人医療者ー外国人医療者という医療者間のコミュニケーションも、いま以上に必要になってくるでしょう。
北川達夫さんは、これからの日本は「言語化」・「明文化」の時代になるかもしれないと指摘しています。そして、社会の変化を逆戻りさせることはできないため、覚悟を決めておくべきと警鐘をならしています。
つまり、「言わなくてもわかるでしょ」の時代は終わり、「いちいち言わなければならない」という時代に備えよということです。
先述した研究からわかるように、人間は他人のことを勘違いしています。価値観や文化が異なる外国人なら、なおさら勘違いするでしょう。
まずは、相手のことはわからないという前提をもつことが大切です。それから、相手の話を「聴く」。それでもわからない、疑問に思うことがあれば「訊く」。そして、考える。
勘違いを少しでも減らすために、そういった地道な積み重ねができるコミュニケーション(対話)能力が欠かせないと思います。
【資料】
(1)Confidence and accuracy in person perception: do we know what we think we know about our relationship partners?[PMID:9325592]
(2)人の心は読めるか?、ニコラス・エプリー(波多野理彩子訳)、早川書房、2017
(3)学問のすすめ、福沢諭吉(齋藤孝訳)、ちくま新書、2009
(4)ていねいなのに伝わらない「話せばわかる」症候群、北川達夫・平田オリザ、日経ビジネス文庫、2013
(5)不都合な相手と話す技術、北川達夫、東洋経済新報社、2010
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