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人の気持ちはわからない~謙虚に相手に訊くべし~

忙しい人のための要約
キリストも孔子も自分中心に物事を考え、それを他人に当てはめるという精神的未成熟がありました。自分と他人は違うものだという意識をもち、謙虚さを忘れないことは大切です。人の気持ちが理解できるのはエスパーだけです。

 

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目次

◆独我論について

 

「人の気持ちもわからないの!?」

 

少し配慮が欠けた行動をすると、このように叱咤する人は多いかもしれませんね。

 

答えは「はい」ですね。他人の気持ちなんてわかりません。下手したら自分の気持ちさえ、的確に把握できているのかさえ不確かです。

 

独我論(solipsism)というロジックがあります。簡単にいえば、自分と他人は違うということを認める思想のことです。これは差別ではありません。逆に、相手を尊重する民主主義的な思想だと思います。

 

他人も自分と同じ感情を抱くなどと考えるのは、傲慢です。他人の感性や人格を蹂躙する考えです。

 

吉岡友治さんは『その言葉だと何も言っていないのと同じです!』のなかで以下のように述べています(改行は筆者による)。

 

結局、「相手の身になれる」かどうかは、どこまでが「自分」のことと考えられるか、想定できる範囲で決まる。

だが、その「どこまで」を決めるのは至難の業だ。「相手の身になれ」と怒号する人は、その困難さをまるでわかっていない。むしろ、こういう人は「相手の身になる」思考を現実的にやっていないから、簡単にできると思い込むのだ。

『その言葉だと何も言っていないのと同じです!』

 

「相手の身になれ」と言う人ほど、相手の身になったことがない、考えたことがないというのは、非常に的を射た指摘だと思いました。

 

 

◆キリストも孔子も自分ばかり

聖書には、「自分がして欲しいことは他人にもしてあげなさい」というキリストの言葉があります。これは聖書のなかでも、とくに重要で、黄金律とも呼ばれているようです。

 

たいして、論語には「自分がしてほしくないことは他人にもするな」という孔子の言葉があります。言ってることは真逆ですけども、意味あいとしては似通ってますね。

 

当たり前ですが、キリストも孔子も古い考えだと思います。

 

彼らの発言には、自分と他人は同じような感覚を抱いているという前提があります。非常に傲慢な考え方です。

 

俺の考えは俺のもの、お前の考えは俺のもの。まるでジャイアンじゃないですか!(ジャイアンのこの発言の真意については割愛します。ググってみてください)

 

イギリスの劇作家であるバーナード・ショーは、「自分がしてもらいたいことは他人にしてやるな。ほかの人の趣味が自分と同じでないかもしれない」と言ったそうです。私はこちらの言い分を支持しますね。

 

 

◆思いやりは利己主義の変形

中島義道さんは『<対話>のない社会』のなかで、思いやりは利己主義の変形であると述べています。

 

私の性利説(→「性利説」参照)からすれば、すべての行為は利己になりますので、特筆すべき事柄ではないのですが、一般的には思いやりは利他行為であると考えている人が多いのかもしれません。

 

 

思いやりも立派な利己行為です。

 

しかし、思いやりは互恵的利己において、成り立つものだと思いますね。厄介なのは、おせっかいです。これは排他的利己。自分の考えを相手に押しつけて、自分はいいことしたと満足する。独りよがりなものです。

SGM

思いやり→互恵的利己行為

おせっかい→排他的利己行為

 

思いやりとおせっかいは表裏一体、適度であれば思いやり、行き過ぎればおせっかいです。

 

おせっかいをなくすためには、密なコミュニケーションしかありません。

 

しかし、コミュニケーションを取ったからといって、おせっかいをなくすことはできません。そんな簡単にいけば戦争なんておこりません。そこがドラマでもあり、悩みの種でもあるんですよね。

 

 

◆自分中心は精神が未成熟

加藤諦三さんは『がんばっているのに愛されない人』で以下のように述べています(改行は筆者による)。

 

情緒的に未成熟な人は他人が自分と同じものを求めていると思いがちなのである。(中略)

我々はだいたいにおいてお互いが同じような人間であると思っている。自分の望むことは他人も同じように臨んでいると思うのである。そしてこの人間観はその人の情緒の発達段階がまだ未成熟であることを表している。

『がんばっているのに愛されない人』

 

なるほどですね。

 

こうなってくると、キリストも孔子も精神的に未成熟な人間だったことがわかります。

 

人間は似たり寄ったりなもんです。成功者や偉人と呼ばれる人は、たまたま運が良かっただけです。変に畏敬の念を持ちすぎるのは、やめたほうがいいと思いますね。

 

 

◆思いやりはおせっかいになる

思いやりをもつのは大切だと思います。

 

しかし、思いやりが単純に善ではないこと、ときによってはおせっかいになってしまうことを意識することは、より大切です。

 

他人の気持ちが理解できるなんてのは、エスパーだけです。

 

キリストや孔子といった偉人といわれる人でさえ、自分と他人は同じだという思考から逃れることができませんでした。

 

つねに人の気持ちはわからぬものと謙虚さを持ち、同じ轍を踏まぬよう注意したいものです。

 

【資料】

(1)世の中がわかる「○○主義」の基礎知識、吉岡友治、PHP新書、2007

(2)その言葉だと何も言っていないのと同じです!、吉岡友治、日本実業出版社、2014

(3)<対話>のない社会、中島義道、PHP新書、1997

(4)ひろさちやのゆうゆう人生論、ひろさちや、集英社文庫、2001

(5)がんばっているのに愛されない人、加藤諦三、PHP新書、2014

 

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