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    忙しい人のための要約
    リハビリテーション医学の父(創始者)と呼ばれるハワード・ラスク博士。博士のリハビリテーションに対する功績は偉大です。

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    ◆はじめに

    ふとした機会がありまして、ラスク博士のことを知りました。

     

    リハビリテーションという仕事に携わるのに、リハビリテーション医学を創始したラスク博士を知らないとは恥ずかしい限りです。医師がヒポクラテスを、看護師さんがナイチンゲールを知らないのと同じです。

     

    ということで、ラスク博士について、簡単にですが調べてみました。

     

     

    ◆ラスク博士とは

    (2)より引用

     

    ハワード・A・ラスク博士(Howard Archibald Rusk)は、リハビリテーション医学に対する尽力・優れた業績から「リハビリテーション医学の父」「リハビリテーション医学の創始者」などと呼ばれています。

     

    単に疾患や障害の治療にとどまらず、全人的な治療(リハビリテーション)の確立を目指しました。

     

    その功績は偉大であり、ラスク博士は国内外から多くの賞を授与されました(ラスカー賞、国際リハビリテーション賞、医学ジャーナリズム賞、公衆衛生賞、大韓民国国家勲章、米国識別貢献賞など)。

     

     

    ◆経歴

    1901年4月9日、ミズーリ州で生まれました。1923年にミズーリ大学で学士号を取得し、2年後にペンシルバニア大学で医学の学位を取得しました。

     

    ラスク博士はミズーリ州に戻ってセントルイスのセントルーク病院で1年間のインターンシップを受け、グレディス・ホックスと結婚しました。 1930年代初期には、彼は医師7人と看護師5人のスタッフと技術スタッフと秘書職員を擁して自らの病院診療所を持ちました。

     

    1942年の第2次世界大戦への米国の参入により、内科の開業医から軍医に転身し、空軍で多くの戦傷兵士と関わる中で、リハビリテーション医学の概念を確立していきました。

     

    1950年には、ニューヨーク大学メディカルセンターにラスクリハビリテーション医学研究所を設立しました。また、1955年には世界リハビリテーション基金(WRF)の創設に関わり、長年にわたり総裁の任を全うしました。

     

    その後も、国際障がい者リハビリテーション協会会長、ニューヨークタイムズの医学コラムの寄稿論説委員などを歴任し、リハビリテーションの啓蒙活動にも力を注ぎました。

     

    ラスク博士は1989年11月4日、ニューヨークのマンハッタンで脳卒中の合併症で亡くなりました。 いまはミズーリ州ブルックフィールドのローズヒル墓地に埋葬されています。

     

     

    ◆日本との関係

    ラスク博士は日本との関わりは多くありません。

     

    代わりにといってはなんですが、隣国の韓国には8回も足を運んでいます。1953年、その韓国に行く際に、日本にも中継地点としてやってきていて、東京の朝日新聞講堂で講演をしています。

     

     

    ◆ラスク博士の言葉

    ラスク博士は自叙伝を書いており、その中から印象に残ったところをいくつか紹介しようと思います(これより以下の引用は(1)「リハビリテーション医学の父」による)。

     

    ①リハセンター創設時の受難

    リハビリテーションセンターを創設するために資金が必要になったラスク博士は、自ら集金に回ります。

     

    しかし、それは博士のなかで非常に葛藤があったようです。そのときのことを以下のように書いています。

     

    私が外に出かけて集金に回ることは、自力で乗り切るのだという私の中西部開拓者の伝統精神にそぐわず、容易なことではありませんでした。人々に寄付を求める場合に私はいつでも深く当惑しました。

    (中略)

    そして以前によく聞いたウォールター・マックニーリー牧師の言葉をはっと思い出したのでした。

    彼は説教の中で常に「人生で最も重要なことは、自分自身の手で切り開くということです」と話していました。このようにして私自身の手で初期の募金の開拓を成し遂げました。(P192-193)

     

    リハビリテーションが普及したのも、ラスク博士の強靭な意志があったがゆえなのですね。

     

     

    ②リハビリテーションの神髄

    粘土の作品をただ太陽に当てただけでは、すばらしい磁器はできません。熱によっていくつかはひびが入って壊れてしまうこともあるでしょう。

     

    人生でも何人かの人々が壊れます。障害によっても何人かの人々を壊します。

     

    しかし、一度粘土が白熱の炎を通り抜けてあらわれれば、もはやそれは一塊の粘土ではなく、美しい磁器に生まれ変わるように、人は一度自分の勇気によって障害を克服し、決心し、激しい訓練に耐えることによって、彼は、あなたも私もほとんど知らない魂の深さをもつようになるのです。(P360)

     

     

    ③リハビリテーションは患者が決める医療

    リハビリテーションは、患者自身が限界と可能性を決めるという医者以上の力を持っている医療の一端です。

    医者は、何を行うべきであるかを患者に伝えることができます。

    しかし、患者だけが自分自身どれくらいを行うつもりであるかを決められるのです。それを決定する際に、患者は、医者が予想した以上に行えることを実証することによって、常に我々に新しいことを教えてくれます。(P360-361)

     

    リハビリテーションとは、患者が医者より力を持っている医療の一端とは言いえて妙ですね。

     

    イギリスのことわざに、「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」というのがあります。最後にどうするか決めるのは患者さん自身なんですよね。

     

     

    ④奇跡を生むのは自分自身

    障害者のために奇跡を起こせる錠剤、注射、手術はありません。厳しい訓練とたゆまぬ決意によって自分の奇跡を生み出さねばならないのです。(P370)

     

    リハビリテーションは楽してなるものではないんですね。リハビリテーションとは自分自身との闘いの過程ともいえるかもしれません。

     

     

    ⑤最後に(自叙伝の最後)

    (4)より画像引用

     

    リハビリテーションを信じることは、すなわち人間らしさを信じるということにつながるのです。(P380)

     

     

    【資料】

    (1)リハビリテーション医学の父 ハワード・ラスク自叙伝、ハワード・ラスク(石沢英司訳)、筒井書房、2007

    (2)Howard A. Rusk(Wikipedia)

    (3)Howard A. Rusk (1901-1989) from military medicine to comprehensive rehabilitation.[PMID:18172131]

    (4)Historic Missourians.

     

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