忙しい人のための要約
    国民主権を担うとともに、権力に戦うために「否認」「エスケープ(逃避)」「スケープゴート(身代わり)」「シニシズム(冷笑)」が重要。デモは国民主権の象徴であり、軽んじるものではない。金融庁の年金報告書の問題をとり上げながら解説する。

     

     

    ◆『格差と民主主義』

    2012年、ロバート・ライシュさんが『格差と民主主義』(原題:BEYOND OUTRAGE)という本を上梓しました。

     

    本書ではアメリカの格差拡大、民主主義の頽廃などが指摘されており、描かれているのはまるで今の日本のようです。非常に有用な本ですので、時間に余裕があればぜひ手にとってみてください。

     

     

    ◆権力と戦うために注意すべき4つのこと

    さて、本書のなかでは、権力と戦うために注意すべき4つのことが書かれています(本書では民衆を導くリーダーに欠かせない因子として書かれている)。

     

    リーダーに必要なこととされていますが、民主主義のうえでは全員が知っていたほうがよいことだと思います。

     

    リーダーは(中略)世間のほとんどの人たちの頭のなかに巣食っている四つの「労働回避メカニズム」を克服できるよう、手を貸す必要がある。

    それは、問題の存在を認めない「否認」、問題を認識しても責任逃れしようとする「エスケープ(逃避)」の願望、問題を引き起こした人を「スケープゴート(身代わり)」にする傾向、そして、最悪なのが、問題改善の可能性を信じようとしない「シニシズム(冷笑)」である。

    『格差と民主主義』P168

     

    以下では、昨今話題になっている金融庁の年金報告問題から、この4つのことを見ていこうと思います。

     

    (1)否認

    ことの発端は、金融庁が5月22日にまとめた『「高齢社会における資産形成・管理」報告書(案)』です。この報告書では、毎月の不足額が平均約5万円で、老後20~30年があるとすれば、総額は単純計算で1300~2000万円の不足になるとしています(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯を対象)。

     

    この報告が世間を騒がせました。年金だけじゃ生活できないのか!? どうすればいいんだ!?と国民の不安が爆発したわけです。

     

    金融担当相の麻生さんは、当初以下のように答えています。

     

    公的年金は老後の生活設計の柱で、(政府は)持続可能な制度をつくっている。金融庁の報告書は、(年金が)月20万円のところを、豊かに暮らすため25万円にするには5万円足りない、65歳で(老後が30年間とすると)、だいたい2千万円という話だ。

    単純な試算を示しただけで、あたかも赤字だと表現したのは不適切だった。そうじゃない方もいっぱいいますので、意味が取り違えられるような書き方になっているのは不適切だったかなと思います。

    『朝日新聞デジタル:麻生氏「赤字表現、不適切だった」2千万円貯蓄問題」 2019年06月07日』

     

    報告書にたいして、不適切であったと否定していますね。これが『否認』ですね。つまり、国家の危機を否定したり、先送りにして問題自体を受けいれないことです。

     

     

    (2)エスケープ(逃避)

    そして、11日に正式な報告書として受け取らない意向を表明したのです。

     

    麻生氏は閣議後の会見で「著しい不安とか誤解を与えており、政府のこれまでの政策スタンスとも異なっている」と報告書を受け取らない理由を説明した。(中略)

    報告書が高齢者の生活実態に対して平均値から生活費の不足を試算していることに「赤字であるという表現は極めて不適切」と指摘。「公的年金制度が崩壊するようなことは全くありませんから(政府の政策とは)全然違う」と述べ、年金不安の沈静化を図った。

    『スポニチ:麻生金融担当相へ「責任転嫁」の批判 「老後2000万円不足」問題 報告書“受け取り拒否”で 2019年6月12日 』

     

    政策スタンスと違うから受けとらないって、まったく意味がわかりませんね。お医者さんが、自分の見立てとちがう検査結果は受けとらないって言ってるのと同じです。

     

    そもそも少子高齢化で収入が減少するのは自明で、いまのままの年金制度ではいずれ持たなくなるのは想像にかたくありません(注:財源不足は一般的な認識ですが、現代貨幣理論MMTでは税金=財源調達手段ではないので、ここらは議論の余地があるでしょう)

     

    報告書を否定し、そんな問題がないかのように『逃避』しているわけです。

     

    臭いものには蓋をしておけと言わんばかりなのです。逃避している場合ではないですし、早急に新しい社会保障制度を検討すべき段階なのです。

     

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    (3)スケープゴート(身代わり)

    ここで年金制度を抜本的に改革しなければならないというところに議題はうつるべきなのですが、野党は麻生さんを『スケープゴート(身代わり)』にしようとします。

     

    立憲民主党の枝野代表は大阪市で記者団に対し「『年金2000万円報告書問題』に限らず、これまで、麻生大臣の関与や監督責任などが問われざるをえない問題が積み重なってきている。不信任決議案なり問責決議案なりを出す方向で党で調整してもらっている」と述べ、麻生副総理兼金融担当大臣に対する不信任決議案などの提出を検討していることを明らかにしました。

    『NHK政治マガジン:「麻生大臣の責任を」枝野氏 不信任案検討 2019年6月16日』

     

    麻生さんを辞めさせても、年金問題は解決しません。まったく意味ないとはいいませんが、優先順位は低いでしょう。そんなところに時間をかけるよりも、社会保障の制度をどのように変えていくべきか話し合うほうが、大切だと思うわけです。

     

     

    (4)シニシズム(冷笑)

    そして、最後に出てくるのが『シニシズム(冷笑)』ですね。ホリエモンこと堀江貴文さんがTwitterで、とある発言をして、それが話題になっています。

     

    堀江氏は18日、ツイッターを更新。夫婦が95歳まで生きるには2000万円を蓄える必要があると試算した金融庁金融審議会の報告書をめぐり、政府に対する抗議デモが16日に東京都内で行われたことに言及し、「ほんとそんな時間あったら働いて納税しろや。税金泥棒め」と、デモ参加者を罵倒した。

    『livedoor NEWS:年金問題デモ参加者を「税金泥棒」堀江貴文氏にネットでは非難の声 2019年6月19日』

     

    こういった、問題解決の可能性を否定するのが『シニシズム(冷笑)』です。堀江さんはデモをどうしてもやってほしくないようです。まるで自民党を擁護しようとせんばかりですね。。。

     

    この堀江さんの発言には、なにかしら他意があるのかもしれませんが、納税額が少ないからといって税金泥棒と呼ぶようなことはあってはならないように思いますし、デモを否定し、価値のないもののように示唆するのは危険でしょう。

     

    上西充子さんはデモに関して、著書『呪いの言葉の解きかた』で以下のように書いています(とてもいい本なのでおすすめです)。

     

    おかしいことはおかしいと言い、あるべき社会を求める、そのための発言と行動をみずからがおこない続ける、それが国民主権ということなのだ。

    そしてデモとは、みずからの行動と言葉で、広く社会に向けてみずからの身をさらしながら、リスクを負いながら、異議申し立てをし、あるべき社会を求める行為であるのだから、それは国民主権の象徴的な行動でもあるのだ。

    『呪いの言葉の解きかた』P146

     

    韓国はデモによって軍事政権をたおし、国民主権を実現しました。香港はデモによって、逃亡犯条例改正案を成立できないように追いこんでいます。フランスも黄色いベスト運動をおこなっていますし、アメリカでも15ドルのための闘いがありました。

     

    デモはけっして冷笑したり、蔑視したりするものではありません。デモは国民主権の象徴として重要な行為なんです。

     

     

    ◆分断に気をつけ、地道に発信していく

    デモでもなんでもいいので、地道に発信して、自分を守ることが大切です。

     

    デモなんか意味ねぇよと言う人もいますが、そういう人たちが自分の生活を守ってくれることはほぼありえません。なにかあっても自己責任でしょで片づけてしまうでしょう。

     

    しかし、安易に分断にいってしまうのは危険です。労働者と経営者、低所得者と高所得者などの分断は国家権力のおもうままです。勝手に国民同士が相反して、憎悪してくれるのはもっともありがたいことでしょう。

     

    共通の相手は政府です。1990年代からつづくデフレを脱却することもできず、ヘンテコなデフレ対策を実施して、日本を後進国にしてしまった政府こそが糾弾すべき相手でしょう。企業だって、国民だって、政府の失政によって大きな損失を被っているのですから。

     

    詳しくは以下の本などを読まれることをおすすめします(参照:2019年上半期に読んだオススメの書籍 厳選22冊!)。

     

     

    安易な分断をふせぐために大切なことは、地道に発信して、反対者の理解を得ることです。『格差と民主主義』でも以下のように書かれています。

     

    当初は反対の立場だった人々にも理解してもらえるように持論を表現することが必要だ。互いに共有できる道徳観念に訴えかけよう。暴力もいけない。(中略)明確な道徳観と否定できないような事実や常識とを組み合わせることができて初めて、人を納得させることができるのである。

    『格差と民主主義』P170-171

     

     

    ◆憲法にも書かれている「国民の不断の努力」

    ぜひ、記事で紹介した「否認」「エスケープ(逃避)」「スケープゴート(身代わり)」「シニシズム(冷笑)」に注意して、国を少しでも良い方向に改善していきましょう。

     

    憲法にも、国民の不断の努力が大切であることが説かれています。「デモなんかしても意味ないよ」と冷笑していると、気づいたときには自由も人権も失われてしまうのではないでしょうか。いや、すでに失われつつあるのではないでしょうか。

     

    日本国憲法第十二条

    この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

     

     

    【資料】

    (1)格差と民主主義、ロバート・ライシュ、東洋経済新報社、2014

    (2)朝日新聞デジタル:麻生氏「赤字表現、不適切だった」2千万円貯蓄問題」 2019年06月07日

    (3)スポニチ:麻生金融担当相へ「責任転嫁」の批判 「老後2000万円不足」問題 報告書“受け取り拒否”で 2019年6月12日

    (4)NHK政治マガジン:「麻生大臣の責任を」枝野氏 不信任案検討 2019年6月16日

    (5)livedoor NEWS:年金問題デモ参加者を「税金泥棒」堀江貴文氏にネットでは非難の声 2019年6月19日

    (6)呪いの言葉の説きかた、上西充子、晶文社、2019

     

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