忙しい人のための要約
    従業員の不適切行為が批判されているが、自由意志による自己責任論に帰結してしまうのは危険かもしれない。個人の責任にだけ帰するはなく、社会システムや職場環境など多面的にとらえることが重要だと思われる。

     

     

    1.リベットの実験~自由意志はない?~

    最近、飲食店やコンビニなどでの従業員の不適切行為の動画が拡散され批判されています。ニュースを見ていると、とある企業は不適切行為をおこなった従業員にたいして、民事・刑事での法的処置をおこなう予定とのこと。

     

    それにしてもこういう事件があるときには、必ずと言っていいほど自己責任論がでてきます。要は自分で選んでそれを実践したのだから、その人に責任がすべてあるという考え方ですね。この論を肯定するためには、意思→行動という流れが必要になります。

     

    たとえば、手を動かそうという「意思」があってから、手が動くという「行動」があらわれるということです。しかし、この前提はアメリカの神経科学者ベンジャミン・リベットの実験を見ると揺らいでくるのです(1)。

     

    実験内容について、妹尾武治さんの著書『脳は、なぜあなたをだますのか』から引用して紹介します(数字などについては読みやすさを考慮し改編)。

     

    リベットは、脳波計で脳の電位の変化を計測しながら、好きなタイミングで右腕の手首を上げてもらうという実験を行った。

    この時、被験者の眼前には、2.4秒間で1周する時計がおいてあり、被験者は自分で手首を曲げようという意思を持った時点で、時計の針がどこにあったか覚えて報告することを教示された。その結果、意志を持ったとして記憶された時間は、手首を曲げる行動が起こる0.2秒程度前であったことがわかった。

    そして驚くべきことに、手首を動かすことに対応した脳の準備電位は手首が実際に曲がる0.5秒以上前から生じていた。つまり、準備電位の方が意思よりも少なくとも0.3秒程度先んじていたのである。

    このことから、意思は後づけの錯覚。脳の自発的な無意識な働きに後追いしてやってくるものであるという結論が導けるのである

    『脳は、なぜあなたをだますのか』P77

     

    Wikipedia『ベンジャミン・リベット』に実験をGIFにしたものがありましたので、理解を促進するために引用させていただきます。

     

     

    0:休息

    1:脳波が準備電位を示す(500ミリ秒前)

    2:被験者は意思決定をしたときの点の位置を覚えて報告する(200ミリ秒前)

    3:動作開始 (0ミリ秒)

     

    同ページには、『2008年には、別のグループによって、被験者が意思決定を自覚するよりも最大7秒先立って前頭皮質や頭頂皮質に脳活動が認められるという報告があった』という記載もあり、再現性が認められているようです(2)。

     

    もちろん、これらの知見だけで自由意志(人は完全に自由に自身の行動を選べるという考え方)がないということを証明することはできません。科学というのは蓋然性(確からしさ)のものですから。しかし、こういう実験結果があるということを意識する必要はありますね。

     

     

    2.人は合理的な動物ではなく合理化する動物

    小坂井敏明さんは著書『社会心理学講義』のなかで、アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーの考えを以下のように紹介しています。

     

    意思が行動を決めると我々は感じますが、実は因果関係が逆です。外界の力により行動が引き起こされ、その後に、発露した行動に合致する意思が形成される。そのため意思と行動の隔たりに我々は気づかない。

    つまり人間は合理的動物ではなく、合理化する動物である。

    『社会心理学講義』P162

     

    もちろん、この考えが絶対に正しいということではありません。そういう仮説が考えられるというわけです。しかし、こういう説が少なからずあるかもしれないというのは非常に大きな問題であると思います。

     

    裁判などでは「疑わしきは罰せず」という法諺(ほうげん:法に関することわざ)があります。いかなる人も、犯罪の積極的な証明がないかぎり有罪とされたり、不利益な裁判を受けることがないといった意味あいです。

     

    自由意志の脆弱さを加味すると、従業員の不適切行為を自由意思という疑わしきものを前提にして、自己責任論として批判するのはどうなのかと思ったりするわけです。

     

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    3.頭が悪いことや犯罪は運(遺伝)しだい

    自由意志なんて関係ない、こいつらは頭が悪いんだ、勉強してないからだろみたいな意見もあるかもしれません。しかしながら、橘玲さんの著書『言ってはいけない』には、以下のような記載があります。

     

    一般知能はIQ (知能指数)によって数値化できるから、一卵性双生児と二卵性双生児を比較したり、養子に出された一卵性双生児を追跡することで、その遺伝率をかなり正確に計測できる。

    こうした学問を行動遺伝学というが、結論だけを先にいうならば、論理的推論能力の遺伝率は68%、一般知能(IQ)の遺伝率は77%だ。これは、知能のちがい(頭の良し悪し)の7割~8割は遺伝で説明できることを示している。

    『言ってはいけない』P21

     

    資料(5)参照作成

     

    共有環境、非共有環境というのは、たとえば家庭での食生活など一緒におこなうものを共有環境、おなじ家庭の子どもでも別の学校に行って、異なる生活(給食内容が変わるなど)をおこなうことなどを非共有環境と区分されるようです。

     

    さて、グラフを見ればわかりますが、言語性知能をのぞき、さまざまな認知能力が遺伝と大きく関わっていることがわかります(50~80%)。

     

    また遺伝と犯罪についても、アメリカの神経犯罪学者エイドリアン・レインの調査をもとにして、以下のように言及しています。

     

    教師、親、本人の三者ともが「反社会的」と評価した子どもだけを抽出してみた。(本人も含め)誰からも暴力性や異常性が顕著とみなされた子どもの反社会的行動は、遺伝率96%という驚くべき数字が示された。(中略)

    この調査では、実の親も養親もともに犯罪歴がない場合、有罪判決を受けた息子の割合は13.5%だった。養親に犯罪歴があり、実の家にない(遺伝的な影響がない)場合、この割合は14.7%にしか上がらない。

    しかし養親に犯罪歴がなく、実の親が有罪判決を受けたことのある(遺伝的な影響がある)ケースでは、息子が犯罪を犯す割合は20%にはねあがったのだ。

    『言ってはいけない』P32-34

     

    つまり、今回の従業員の不適切行為のような反社会行動というのは、遺伝といった本人にはどうすることもできないものが関与している可能性もあるわけです。そして、犯罪といったものは、過度な社会格差といったものなども関わってきます。

     

    すなわち、考えれば考えるほどいろいろな因子が複合的に絡みあっており、自己責任論という単純な帰結からは離れていくわけです。

     

    ちなみに、こういった関係性のなかで物事が生起するのを、仏教では「縁起」(自己や仏を含む一切の存在は縁起によって成立しており、したがってそれ自身の本性、本質または実体といったものは存在せず空であるということ)といいます。

     

     

    4.歎異抄~人を殺す縁があれば人を殺す~

    『歎異抄』という仏教書があります。そのなかに親鸞とその弟子である唯円の問答があります(13章)。

     

    親鸞

    唯円よ、わたしの言うことを信じられるか?

    唯円

    もちろんっす。

    親鸞

    ほんとうか?

    唯円

    はい。どんな言いつけにもしたがうっす。

    親鸞

    だったら1000人を殺してきなさい。そしたらお前は極楽にいけるだろう。

    唯円

    いや、それは。オレのような者では1000人どころか1人も殺すことはできないっす。

    親鸞

    さっきは、わしの言うことをなんでもすると言っていたのにな。それはな、つまり、お前にそういう業縁がないということなんだな。

    お前の心が清いから人を殺さないのではない。お前が殺したくなくてもそういう業縁があればお前は人を100人、1000人と殺してしまうだろう。

     

    自分はあんな従業員みたいなバカなことはしない。ましてや自分は人を殺すことなんてない。それがいかに幻想であるかを、この対話は示唆しているように思います。

     

    暴漢があなたの大切な家族を目のまえで殺そうとしているとき、ちかくに金属バットがあれば殺してしまう覚悟で殴りかかるのではないでしょうか?

     

    たしかにこれは非常に極端な例かもしれません。しかし、極端と極端ではないというのは、きれいに区別できるものではないでしょう。従業員の不適切行為がどこに属するかなんてわかりませんし、簡単に決めることもできません。

     

     

    5.犯人捜し本能~人ではなく原因を探せ~

    ハンス・ロスリングの著書『FACTFULNESS』には、人が犯しやすい10個の思いこみ(本能)が挙げられていますが、そのなかのひとつに「犯人捜し本能」があります。

     

    これは簡単にいえば、「誰かを責めれば物事は解決する」という思いこみです。そして、同書ではこの思いこみを避けるための方法(ファクトフルネス)が以下のように示されています(読みやすさを考慮し一部改編)。

     

    誰かを責めるとほかの原因に目が向かなくなり、将来同じ間違いを防げなくなる。犯人捜し本能を抑えるためには、誰かに責任を求める癖を断ち切るといい。

    犯人ではなく、原因を探そう。物事がうまく行かないときに、責めるべき人やグループを捜してはいけない。誰かがわざと仕掛けなくても、悪いことは起きる。その状況を生み出した、絡み合った複数の原因やシステムを理解することに力を注ぐべきだ。

    『FACTFULNESS』P282-283

     

    従業員が悪い! 虐待する父親が悪い! そういった感じで個人に責任を帰してしまうばかり、感情的なイライラを発散させるばかりではなにも変わりませんし、おなじ轍を踏むのは避けられないでしょう。

     

    「罪のない者がまずこの女に石を投げつけるがよい」といった感じで行為をとがめないのも違和感がありますし、義憤にかられて個人を糾弾するのもよくないと思います。

     

    感情はひとまず置いておき、その行為に対する処罰はたんたんと進めていくなかで、俯瞰的、複眼的にそういうことが起こってしまった原因を探していくことがより大切なのではないかと思います。

     

    そして、おなじ過ちを繰りかえさないように、対策を講じることが不可欠なのではないでしょうか。

     

     

    6.追記~読書案内~

    自由意志(人は完全に自由に自身の行動を選べるという考え方)と決定論(すべてはあらかじめ決まっている)については、哲学において長いあいだ議論の的になってきました。決定論と自由意志のあいだで妥協的な立場をとる両立論といったものもありますし、サルトルのような実存主義的な立場の考え方もあります。

     

    気になる方は、アン・ルーニー著の『自分の頭で考えたい人のための15分間哲学教室』の第五章「コーヒーにするか、紅茶にするか」に平易に書かれていたので、一読されるのもいいかもしれません。

     

     

    【資料】

    (1)Libet Benjamin. “The Experimental Evidence for Subjective Referral of a Sensory Experience Backwards in Time: Reply to P.S. Churchland”. Philosophy of Science. 48: 182–197.1981

    (2)Unconscious determinants of free decisions in the human brain.【PMID:18408715】

    (3)脳は、なぜあなたをだますのか、妹尾武治、ちくま新書、2016

    (4)社会心理学講義、小坂井敏明、筑摩選書、2013

    (5)言ってはいけない、橘玲、新潮新書、2016

    (6)FACTFULNESS、ハンス・ロスリングら、日経BP社、2019

    (7)自分の頭で考えたい人のための15分間哲学教室、アン・ルーニー、文響社、2018

     

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