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    忙しい人のための要約
    コミュニケーションの目的は「自分の伝えたいことをなるべく正確に分かってもらうこと」です。そのために重要なのは、「相手にとってわかりやすい言葉を使うこと」です。

     

     

    ◆専門用語を使うなってホント?

    コミュニケーションにおいて、「専門用語や難解な言葉を使うな」ということがいわれます。たしかにこれは重要なことで、専門用語や難解な言葉を使いがちな人は「知性化」に陥っていないか自省してもいいかもしれません。知性化というのは、防衛機制の一種です。

     

    知性化

    自我の防衛機制の一。知的な言葉を用いて説明したり議論したりすることで強い感情に直面することを避け衝動を統制すること。

    (大辞林第三版)

     

    しかし、専門用語や難解な言葉を使うなというのは狭小なんですよね。やや画一的すぎて、応用が利きません。

     

    たとえば理学療法士が医師と話すときに、筋力や可動域、ADLといった専門用語を使ったほうが効率的です。わざわざ筋肉の強さとか関節の動く範囲、日常生活の動作など平易にしては言いませんよね。

     

     

    ◆コミュニケーションの目的は「分かってもらうこと」

    コミュニケーションの目的というのは、ざっくばらんにいえば「自分の伝えたいことをなるべく正確に分かってもらうこと」であると思います。なるべく正確にというのが重要で、完璧に分かり合えるなんてことはほぼあり得ません(参考記事:『話を聞かない医療者~「医療現場の国際化」で求められる能力~』)。

     

    さて、そもそも「分かる」というのはどういうことでしょうか?医師である山鳥重さんは著書『「わかる」とはどういうことか』のなかで、以下のように述べています。

     

    記号(単語の音韻部分)自体は無意味です。記号だけ見ても、聞いても、何かが理解出来るわけではありません。音韻が自分の中の記憶心像と響きあわないと、意味は出現しないのです。(中略)

    わかるためには自分の中にも相手と同じ心像を喚起する必要があります。ひとりよがりの心像を喚起したのでは相手の言葉はわかりません。(中略)わかる、の原点は後にも先にもまず、言葉の正確な意味理解です。

     

    「ヤカン」という言葉自体には意味がありません。それだけだと単なる音(記号)です。ヤカンと言って、相手(自分)がヤカンをイメージ(心像)できるから「意味」として成立するわけです。

     

     

    その意味が成立するためには、自分だけがわかっていてもダメで、相手にも同じイメージを抱かせることが重要ということをいっているわけですね。外国人にヤカンと言ってもヤカンは思い浮かばないでしょう。ヤカンというものの記憶心像(記憶としてのイメージ)がありませんから。

     

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    ◆肝は「相手の頭に絵を描く」

    さきほどの山重さんの説明はやや硬いので、いまいちピンときていない方もいるでしょう。もっと柔らかく表現しているのが竹内薫さんです。

     

    記号が人に届くと、脳は記憶を検索し始めます。そして、人の脳内でこれまでの知識や経験と、記号とが見事にマッチングできたときに、はじめて「わかった!」となるのです。つまり、こうです。

    外からきた「記号」=内にある「記憶」 

    この処理の途中で、脳内で「絵」を描き上げます。「絵」が鮮明に描けたときにはじめて「わかった!」と感じるのです。

    『教養バカ』

     

    記号と記憶が一致したときに、人はわかったと感じるということですね。この記号と記憶が一致するというのが厄介なのです。自分が抱いている記号の意味と相手が抱く記号の意味が、正確に一致することはほぼないからです。

     

    意味というのは、各人の経験や環境によって培われていきます。お金もちの家で育った人のオヤツはケーキみたいなものかもしれませんが、貧乏な家庭で育った人のオヤツは饅頭かもしれません。

     

    いまのは極端な例えかもしれません。しかし、そういった微々たる意味の誤差が、コミュニケーションのなかで頻発してるわけです。ゆえに山重さんは、「わかる」ためには、言葉の正確な意味理解が重要であると述べているわけですね。意味の行き違いが大きくなると、コミュニケーションはうまくいきません。

     

     

    ◆大切なのは「相手にとってわかりやすい言葉を使うこと」

    竹内さんはこうも述べています。

     

    小学校で習う言葉、平易な言葉を「コドモ言葉」と名付けましょう。コドモ言葉は、知っている人が多い分、わかりやすくなるのはたしかです。

    しかし、すべてをコドモ言葉にして伝えればいいのかといえば、そうともいえません。目的は相手の頭の中に「絵」を描かせることですよね。そのためには、コドモ言葉よりも、難しい専門用語のほうが理解の早い人もいるかもしれません。(中略)

    言葉の選び方は相手次第。伝える相手にとっての「わかりやすい言葉」を使うことこそ、わかりやすさの基本ルールと覚えてください。

    『教養バカ』

     

    言葉というのは相対的なものです。「エビデンス」という言葉は医療者にとっては平易な言葉かもしれませんが、ほかの職種の人にとっては難解かもしれません。ゆえに、最初に述べたように専門用語や難解な用語を使うなというのは、やや画一的すぎて応用が利かないルールなんですね。

     

    大切なのは専門用語や難解な用語を使うなということではなく、伝える相手がイメージしやすい言葉を選択すること

     

    ぜひ、そういったことを意識してみてはいかがでしょうか?

     

    【資料】

    (1)「わかる」とはどういうことか、山鳥重、ちくま新書、2002

    (2)教養バカ、竹内薫、SB新書、2017

     

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