この記事を読むのに必要な時間は約 8 分です。


     

    宮﨑おおいさん主演でドラマ化「眩(くらら)~北斎の娘~」

    先日、『眩』が宮﨑あおいさん主演でドラマ化されるということを知りました。よくよく調べてみると、主人公は葛飾北斎の娘である葛飾応為(おうい)。なにかしらのテレビで葛飾北斎の娘が面白いというのが脳内に残っていて、この機に読んでみようと手に取りました。

     

    著者:朝井まかてさん

    『眩』の著者は朝井まかてさんという女性のかたなんですが、経歴を新潮社のHPから引用させていただきます。

    1959年大阪府生まれ。甲南女子大学文学部卒業後、広告会社勤務を経て独立。2008年小説現代長編新人賞奨励賞を受賞して作家デビュー。2013年に発表した『恋歌』で本屋が選ぶ時代小説大賞を、翌2014年に直木賞を受賞。続けて同年『阿蘭陀西鶴』で織田作之助賞を受賞した。2015年には『すかたん』が「大阪の本屋と問屋が選んだほんまに読んでほしい本」に選出。その他の著書に『ちゃんちゃら』『先生のお庭番』『ぬけまいる』『御松茸騒動』『藪医 ふらここ堂』がある。

    新潮社HP

    直木賞も受賞されているような有名な方だったんですね。知りませんでした。”まかて”というのは、珍しい名前(ペンネーム)だと思いますが、これは沖縄県出身の祖母の名前に由来しているそうです。

    スポンサーリンク

     

    感想:別れは人を深くする

    読み終えて率直に感じたのは、無常でした。

    葛飾応為は離縁したり、北斎の不良孫である時太郎に苦しめられたリするのですが、それほど波乱万丈な人生というわけではありません。絵を描いてるところのシーンもあるんですが、それほど感銘を受けることもありませんでした。

    それよりも、私が心が揺さぶられたのは母である小兎(こと)や微かに恋心を抱く池田善次郎といった「人との別れ」ですね。
     

     
    『眩』の本編は、応為が画家である南沢等明のところへ嫁いで3年が経った25歳から始まります。この夫がまたイヤな奴なんですね。いわゆる内弁慶(家では威張っているが、外では意気地がない)というやつです。まあ、本書では、

    外では至って愛想のよい男なのだ。家内でだけあれこれと偉そうに女房に指図する、炬燵弁慶なのである。

    などと書かれています。炬燵弁慶という言葉があるんですね。そうです、本著はいろいろと古風な言い回しが頻出するので、いろいろ言葉を知ることができ、勉強になります。
     

     
    話を戻します。まあ、応為はこの炬燵弁慶といきなり別れて実家に戻るんですね。出戻りというやつです。いきなり「別れ」がでてきました。ほぼ時を同じくして、腹違いの姉も離縁して子連れで家に戻ってきて、「別れ」が続き、母の小兎に小言を言われるんですが……。

    まあ、この小兎の描写がたまらなくグッとくるんですよね。なんというんでしょうかね、この哀切さは。

    たとえば、北斎が脳卒中になって半身麻痺になってしまうシーンがあるんです。小兎はおそらく嬉しかったんですね。夫(北斎)が病気になって喜ぶなんておかしいと思われるかもしれませんが、北斎は仕事一筋の男なんです。家のことなんてまったく頓着しない。そんな北斎が病気になって、家にいてくれることが嬉しいんです。

    でも応為は迷うんですね。北斎は筆ももっていなければ廃人になってしまう。でも、母の小兎は筆をもたすなんてのは病人たいしてひどい仕打ちだと。まあ、このあたりの葛藤は本著を読んでもらえたらと思います。

    その小兎が亡くなって、生きていたときのことを想起する場面が、涙腺を刺激するんです。

    親父どの(注:北斎)は絵こそまだ描けないものの、筆を持っても落とさないところまでは恢復していた。杖を使いながらお栄(注:応為)と共に工房に出掛ける、そんな日を取り戻しつつあって、お栄はその嬉しさに夢中だった。けれど、今、しきりと思い出すのは、朝、親父どのとお栄を見送る時の小兎の佇まいである。

    「気をつけて行っといで」

    すっかり背が丸くなって、少し寂しかったのだろうか。おっ母さんはあの時、少し寂しかったのだろうか。いつも家にいない亭主と娘が、己の手の届かない絵の世界で生きている二人がやっと家に居つくようになったのだ。けれど傷が癒えれば、またも見送らねばならない。おっ母さんが作った小さな巣はまた、誰にも顧みられなくなった。

    人って、亡くなった人の名残を感じるときに、喪(うしな)ったことを感じるのかなと思ったりします。
     

     
    そして、応為のもうひとつの大きな別れ。それが恋心を抱いていた池田善次郎が亡くなったときです。

    お栄はいつしか、嗚咽しながら笑っていた。(中略)裸足のまま空を見上げると、鰯雲が風に流れてゆく。右手の指先を二本揃えて咥え、半身を屈めて思い切り吹いてみた。もう、これっきしだ。善さん、あばえ。女だてらに鳴らした口笛は川縁の秋草を揺らし、そして空へと吸い込まれていった。

    切ないですね。ホントに。
     

     
    私はこの物語を無常(別れ)の話だと思っています。一般的には別れは悲しいものととらえられていると思います。たしかに、そうです。そういう側面もあります。別れは悲しい。でも、私はある人にいい言葉をもらいました。
     
    『出会いは人を豊かにし、別れは人を深くする』
     
    別れは悲しいという面もあるけれど、人を深くするような成長させてくれる面もあるんですよね。

    『吉原格子先之図』(Wikipediaより引用

    そういう経験を積んでいった応為の絵は、西洋画の技法を駆使して、光と影を見事に写し取ることから「江戸のレンブラント」と呼ばれるまでになります。

    もちろん、応為の修練によるものもあると思いますが、もしかしたらそういう別れが彼女の絵に深みを持たせてくれたのかもしれないなぁと読み終えて思いました。

    まぁ、小説なのでどこまで史実なのかは分かりませんが(笑)

     

    みなさんも、興味がありましたらお手に取ってみてはどうでしょうか。
     

    スポンサーリンク

     

    Pocket
    LINEで送る